ネクタイを緩めて第一ボタンを外すと、私は鞄を抱えて張ちきれそうな電車のわずかなスペースに身体を押し込んだ。
中途半端な開け閉めを二、三度繰り返したあと、ようやくドアが閉まり、車体を重そうに震わせながら満員電車がゴトゴトと動き出す。
目の前の汗ばんだサラリーマンのうなじを避けながら、いつものように「氏」を探し、その視線を捉えて軽く黙礼する。
今朝の「氏」は、短いチュールスカートを穿いた若い女の後ろに見え隠れしている。「氏」は痴漢であり、私もそうだ。
その洗練された身なりから、私は密かに彼を「氏」と呼んでいるが、言葉を交わしたことがないので「氏」が私をどう呼んでいるかは知らない。
 私の視線に気づいたチュールスカートの女が、こちらを見た。その目が、なぜ助けないのかと告発するように訴える。
整髪料と柔軟剤と香水が充満したうんざりするような六月の通勤快速で、その輝くような切なさが私を刺激する。

 さっそく私はひとりの制服の少女に対してポジションを取った。女から離れた氏が「おやおや」というように軽く眉を上げる。
高校生に見えたが、ひょっとしたら中学生かも知れない。いずれにせよ、いつも私が選ぶタイプよりだいぶ若い。
自分の腕がどこにあるのかもわからないほどの混雑が、いつになく私をアグレッシブにしたのだ。
 それにしても、と制服の短いスカートを前に考える。このスカートという布切れは防御力などゼロに等しいのに、攻撃力ときたらまるで計り知れない。
おまけに、五センチ短くなるごとに攻撃力三割アップという代物だ。
しかし大切なことは、その長さに惑わされることなく、それを装備した女の本質を見抜くことである。
この観察を疎かにして、ただ欲望のままに手を伸ばしてしまうと、身動きの取れない電車内ではまさに命取り。
冤罪と開き直れるならまだしも、そうはいかなかった場合を想像するといかにも恐ろしい。
自らを守るには、四苦八苦と仏教が教えるように、苦こそが生の有様と理解し、諦めて時が過ぎるのをただひたすらに待つという安らかな心を持った、そういう本質を持った女を見抜く目が必要なのである。

 私はしばし黙想したのち、無用な雑念を振り払い、スカートの下から太もも割って核心へと手を這わせる。
少女の身体が、蒸し暑い車内で一瞬にして凍りつく。しかし、私の指が進むほどに再び熱を帯びてくるのがわかる。
少女は恥ずかしげに目を伏せ、ときおり救いを求めるように顔を上げて周囲に視線をさまよわせる。氏のお好みの表情だ。
案の定、氏が私の方を見やって満足げに微笑む。
 焦ることなく、私は仕事を進める。私の見たとおり、少女は私の侵入を全身で拒みながらも、それが電車通学には避けて通ることのできない通過儀礼であることを受け入れようとしている。
今や私の指に、奥へと通じるその道を開けようとしているのだ。
これこそ目指されたディスティネーション。「死と乙女」の物悲しくも甘い旋律が、私の脳裏を満たす。

 昂ぶる指が核心に達しようとしたそのとき、不意に、少女の身体から力が抜け、まるで実体のない人形のように頭がガクンと垂れた。
同時に、右腕が溶けたアイスクリームのようにどさっと制服から抜け落ち、足元で小さな水たまりとなる。
次いで、あとを追うように左腕がどさっと落ちて、右腕と混ざりあう。
上気した頬が熱したバターのように崩れると、あれよあれよという間に少女は溶けて、流れ落ちてしまった。
床にできた水たまりは、靴底にべたつくコーヒーと混ざって不潔な黒い染みとなり、少女が立っていた空間は何事もなかったかのように他の乗客によって埋められた。
すがりつくように私の腕に引っかかっていた少女の名残りは、押し合う乗客に揉まれながらしばらく所在なさげに漂っていたが、やがて人混みに紛れて見えなくなった。
唖然として氏に視線を向けると、彼は穏やかな笑みを浮かべて「少女とはいつの時もそうしたものだ」というように、静かに、そして深く私に頷いてみせた。