中2の春の事だ。巧君に告白された私は1つの事実に気づいた。
街の灯りにフィルターをされているけれど、本当は私達の上空には満天の星たちが広がっているのだ。それは隣の市のプラネタリウムみたいに。
いやむしろ本物の夜空が青空をスルーしてプラネタリウムに降臨していると言った方が良いかもしれない。こんな事を思ってしまう位、
巧君に告白された時は幸せだった。それは薄曇った夜空の向こうにプラネタリウムを感じてしまうくらいの幸福加減だった。
「夢原が好きなんだ。付き合ってくれないか」「はい、お願いします」夜桜の花弁たちが舞う公園で巧君は野球少年らしく90度の礼をしながら片手を差し出したし、
私はその了承と共にその手を取って、一緒に諸手を上げて万歳三唱をしたい衝動に駆られた。
勿論我慢したけど、銀河的な幸福感に胸をくすぐられて、笑い出したいような感覚がずっと消えなかった。

夏は巧君が映える季節だ。空は絵画的な青になるし陽は白く全てを熱する。球場のフェンスの向こうでは巧君の声が一際大きく響く。彼は補欠だけどチームのムードメーカーだと思う。
たまに代打で出場する巧君の顔は真っ黒で、だからこそユニフォームの白が映える。私はわしっと握った金網に鼻先を近づけて、かっとばせー! と叫ぶ。
この時もやはりどこかでプラネタリウム的な宇宙を感じている。

秋が物悲しいのは私達も例外ではない。夏に真っ黒だった巧君から色素が抜けて、歯の白さも精彩を欠く。一緒の下校時、彼は口元を触らせてくれなくなった。
巧君は菓子パンを買い食いするのが好きで、歩きながらむしゃむしゃとほお張ってはクリームやらパン屑やらの食べ滓を口元に散らかす癖がある。
私は彼のそれに指を差し伸べてぬぐい、ぺろりと舐める。舌先に感じる甘さがとても好きなのだが、秋になると彼はそれをさせてくれなくなった。
元々少なかった口数もぐんと減って、目も合わせてくれない。プラネタリウムの輝きも遠のく。やっぱりキスやエッチを拒んだのが原因だろうか。
パパの男腕1つで育てられた私はことある度に『エッチは責任を取れるようになってからね! どうしてもしたくなったらパパの前に連れてきなさい』と言われてきた。
だからキスはエッチの延長線だと思っている。巧君の口元にも惹かれるけれど、パパのお願いを破って、只でさえ思春期で気まずいのに、
さらにギクシャクとした親子関係に突入する自信がない。
この事は誠心誠意をもって彼に説明してきた。つまり私の主張は『キスもエッチも付き合ってるんだしちゃんと覚悟はしてるけどその前にパパに会って』というものだったが、
何故か巧君はびびった。これはパパが元プロレスラーなのが原因かもしれない。
暮れなずむ公園のブランコに親友の麦ちゃんと並んで揺られていた時の事だ。この事を相談すると、とても困った顔をされた。
彼女の視線はブランコ前の柵と宇宙色の空を交互に行ったりきたりを繰り返す。「ごめんね、夢ちゃん」
長い沈黙の果てに、麦ちゃんは私の愛称を口にして、懺悔を開始した。
実は夏の頃から麦ちゃんと巧君はエッチ友達という関係になっていた。理由は私にキスも許して貰えない巧君が可哀想だったから。
関係は続いているけれど恋愛感情はない……はずだったが、最近巧君の視線が熱くて困るらしい。夏の頃は麦ちゃんのたおやかな体を抱きながら私の名前を漏らしていた彼が、
最近は麦、麦と呼んでくる……
などと可愛い顔で困りながら全宇宙が崩壊するような事をぽつりぽつりと語る麦ちゃんに、わたしは限界を迎えた。ブランコを降りて彼女の前に立つ。
チェックブラウスの襟元を両手で掴んで引き寄せ、頭突き。これはパパのプロレスラー時代の得意技だ。ビデオで何度も見た。
おでこに衝撃と痛み。それよりも胸が苦しい。頭突きに目を回す麦ちゃんに「信じらんない」と呟いて背を向ける。それから駆け出す。走らないと泣きそうだったからだ。

その後はあまり覚えていない。気がつけば商店街で鰤を買っていた。鰤の本番は冬だというのに、時空を超えてきたような丸丸とした鰤だった。
これで膨らんだ手提げ袋を片手に家に向かいながら、帰ったらこの鰤に八つ当たりしようと思った。憎悪と失望を込めて頭を切断、見事に三枚におろしてやる。
でもこれだけ立派な鰤だ。絶対大変手間取るし、ただでさえ悲しいのに、もっと悲しくなるはずだ。そうしたら盛大に泣こう。泣けなかったら玉ねぎを刻もう。
それから巧君と麦ちゃんに……どうしたら良いか分からない。けれど次の休みは、プラネタリウムを観にいきたい、と強く思った。
銀河とか恋とかが砕けても、プラネタリウムの宇宙がまだあそこにあれば、私は大丈夫……という気がしたからだ。