>>338 前回、後で書こうと思ってたら書けなかったので早めに投稿。
使用したお題:『筋肉』『ケロちゃん』『お月見』『ごちそう』『首輪』


『彼女とお月見』

 彼女と初めて出会ったときは、こんな月明かりの下だったと思う。

 お月見をしている彼女の隣で、僕も座っていた。

「お団子なんて普段食べないのに、なんでお月見のときだとこんなにおいしく感じるんだろう?」

 彼女は白くて丸い団子を摘まみながら、不思議そうに呟いた。闊達な彼女のまんまるの両目と、空に浮かぶ月と、その団子の形はよく似ている。僕が見ていたのはいつも二つ並んでいる方だけれども。
 彼女は、はむと団子を頬張ると、また空を見上げた。丸い瞳に丸い月が映って綺麗に映える。

「でもたまにはいいよね。こうやってぼんやりしてるのも。ほらほら、アンタも食いねぇ食いねぇ」

 そうやって僕の前に皿を押し出す。ごちそうではあったが、今僕はダイエット中なのだ。あまり強引に進めないでほしい。
 でも彼女の笑顔を前にして抵抗するのはなかなか難しい。仕方ないとばかりに一口食べる。うん、美味しい。でももういらない。

「アンタなんか元気ないねぇ。久しぶりに顔見せにやってきてるっていうのに。でも、まあいいか。お月見だしねぇ」

 静かに縁側で座っているのもいいか、と彼女はまた団子を一つ。手を後ろで支えにして両足を交互に振りながらアップテンポな鼻歌を歌っている。まったく静かではない。
 でも僕はそんな彼女の様子に呆れながらも抗議はしなかった。むしろこの感じが懐かしい。一人暮らしを始めた彼女は、こうやってたまにしか帰ってこないのだから。

「あ、そうだ忘れてた!」

 2曲目のサビを歌おうと息を吸い込んだ瞬間、彼女は何かを思い出したようだ。その眼を月より大きく見開いてから急に立ち上がり、自分の荷物の置いてある居間へ飛び込む。
 僕は驚いて振り返りつつも、何かとドタバタ煩いその変わらない様子に苦笑した。

 彼女はすぐに何かを持ってきたようだった。それほど大きくない紙袋だ。それを僕の前に持ってくると、にぃっと笑顔を深めた。

「これお土産だよ。似合うと思ってさー」

 そう言うと、僕に紙袋を手渡す……のではなく、自分で紙袋を開けて中身を取り出そうとした。力づくでセロハンテープを剥がしたため、わずかに袋が破れた。全く女性らしさというか、デリカシーが感じられない。
 彼女が紙袋の中身を取り出すと、僕の方に寄ってきた。

「はい、これプレゼント。いいでしょこれ、ここのケロちゃんとか。つけてあげるから、ほら、ちょっとこっちおいでおいで」

 彼女が僕の首の後ろに手をやる。思わずドキリとした。彼女の顔がとても近い。
 久しぶりの彼女の匂いが鼻いっぱいに充満して思わずクラクラする。彼女の「あれ、こ、こうかな? うまく付けられない」という声が耳元で響いて体が緊張する。彼女の吐息が肩をわずかに撫でてくるせいで全身の筋肉が強張った。

 幸せの時間は長く続かなかった。すぐに彼女は体を離し、僕につけたプレゼントを見て「うん」と満足そうに頷く。

「うん、やっぱりよく似合う。あれ、どしたの? 毛でも挟んじゃった?」

 僕が固まってるのを見て、彼女は違った心配をしたようだった。僕は何でもないとばかりに首を振り、その場に寝そべった。
 彼女は僕の素っ気ない態度を気にすることもなく、僕と頭合わせになるように同じく縁側で寝転がった。鼻先にまた彼女の匂いが漂ってきて、少しドキドキしているのは内緒だ。

 彼女は僕の頭を撫でながら、月より綺麗な笑顔を見せてこう言った。

「じゃあ明日はそれ付けて一緒に散歩に行こうね、ケロちゃん」

「ワン」

 僕はそう短く返事をすると、なんとなく恥ずかしくなって寝たふりをした。