使用したお題:『筋肉』『お月見』『ごちそう』『首輪』
【月を見上げるお祭り】
お月見、という行事をやったことはない人はいても知らない人はいないでしょう。
中秋の名月、つまり秋の十五夜の満月を見上げながら、ススキを飾りお団子を食べるというイベントです。
古いお屋敷の縁側や小高い丘の上でやるととても風流な感じがでる行事といえましょう。
さて、そのお月見ですが、起源はかなり古く縄文時代からあると言われております。
昔は月というものに超常的な力を感じていたのか、はたまた単に明るかったからかわかりませんが、特に満月というものは畏れ敬われておりました。
だからこそ満月の夜は誰もが少々浮足立ち、特に空気が澄んで月が大きく見える初秋の満月はお祭り騒ぎになった様子です。
ただ、ここで気づく人は気づいてしまうのです。太古のお祭りは、今のお祭りとは全く違うのです。
大昔の人々が神を感じ、何かを祭りあげる場合には、必ずと言っていいほどそこに生贄が用意されます。
そして神が偉大であれば偉大であるほど、畏敬の念を集めれば集めるほど、生贄の質が高く要求されます。
空にぽっかり浮かんで光り輝くなんていう満月に対する生贄なんて、人間以外にありえないわけです。
筋骨隆々の男が首輪をつけた美少女を引っ張ってきて、昼間のように明るくなった満月の夜にその首を刎ねてお供え物にする、なんて壮絶な絵面が想像できませんか? あまりにあまりな光景だと思いませんか?
でも神の怒りを何よりも畏れ、神からの加護を何よりも求めていた人々にとって、それは当たり前の儀式なのでした。なので、まあ、お月見文化は連綿と今日まで脈づいてきていたわけです。
あ、もちろん生贄制度はすぐに廃止されましたよ。神へのお供え物が大事である反面、労働力や繁殖力が落ちるのは小規模の村にとっては大問題でしたからね。どんどんお供え物のランクもダウンしていきました。
最初は複数人の首をお供え物として祭っていたけれど、それが一人で十分だという話になり、足りない頭分は生贄の体から肉を引きはがし丸めて団子にして並べるようにし、飾りとして彼の骨を周囲に飾りました。
その内、人の生贄は残酷すぎるということとなり、頭と肉団子は普通の小麦の団子に代わり、飾られた骨はススキに代わり、今のお月見に変わったわけです。
だからお月見をするときは……神様を祈る気持ちで満月を眺めなければなりませんよ?
「……っていう怪談話なんだけど、どう? 怖かった?」
「……正直、話自体は怖くはなかった。うん、話は怖くなかった……」
「えー、マジかー。オレの話し方が悪かったのかな? オレがこの話最初にネットで見たとき、結構怖かったんだけどなぁ……」
「そっか、お前は気づかなかったのか……」
「ん、どした? 気づくって何が?」
「……まともなお月見って1回しかしたことないんだけどさ、お月見したらさ、普通団子って食べるじゃん。もったいないし、美味しいし……」
「ああ、地味にごちそうだよな。おいしいし」
「……でも、その怪談話がもし、もしホントだとしたらさ、大昔の人ってさ、お供え物をさ、もしかしたらさ……」
「……あ」
「……こわっ!」
「……こわっ!」