「「別れるなら春がいいね」とあなたは言った。そうですね? 総理」
「内閣総理大臣」
「えー、私がいついかなる場所で誰に対してそのような言葉を発したのか、一切記憶にありませんのでお答えすることはできません」
「安陪蓮子くん」
「総理、とぼけないで下さい。あなたがこれを言ったのは昨年の2月28日、相手は件の女性に間違いありません。春といえばそのすぐ後、5月には解散総選挙がありました。
 大事の前に女性関係を清算しておこうというおつもりだったのではないですか?」
「内閣総理大臣」
「そのようなことは一切ございません。根拠のない憶測でものを言うのはやめていただきたい」
「安陪蓮子くん」
「根拠ならございます。私は総理がその女性に送られたメールのデータを入手しております。一部読み上げさせていただきますと、某日「週末は2時間だけ取れるから、10時にいつものホテルでね♡」「早く○○ちゃんに会って可愛いおっぱいをチュッチュちたいな」。
 御多忙の中で女性に会われる時間を作るご苦労と総理という重責のストレスが偲ばれる文面ですね。そしてこれが2月末を境に別れ話へとすっかり変わっております。
 これはもう、完全に不倫の証拠に間違いないのではありませんか?」
「内閣総理大臣」
「そのようなデータはいくらでも捏造が可能でありますし、それにもし仮にそれが本物であるとしたら、私の通信記録がハッキングされたということであります。
 ご存知の通り違法に収集された証拠は証拠としての効力を有しませんので、私としては何も申し上げることは御座いません」
「安陪蓮子くん」
「残念ながら総理、このデータはお相手の女性に提供して頂いたものですので、違法性はありません。先の総理の文言も彼女から直接聞いた言葉です。
 更に、私は重要な情報を入手致しました。
 昨年1月21日の夜、総理の活動記録によりますと、あなたは赤坂の料亭で派閥の議員様方との会合に出席なさっています。ですが実際にはそのような会合は開かれておらず、その日あなたは葉山の別荘でかの女性とお会いになっていた。間違いありませんね?」
「内閣総理大臣」
「そのような事実は御座いません」
「安陪蓮子くん」
「そうですか。では総理、こちらをご覧ください。葉山市内の防犯カメラの映像ですが、女性と腕を組んで門の中へ入って行くあなたの姿が顔まではっきりと映っています。これでも白を切るおつもりですか?」
「っ……!」
「総理?」「内閣総理大臣」
「ハッ! えええーと、が、画像が不鮮明でよくわかりませんね。まあ多少は私に似ていないこともないですが、これだけでは何とも。事実関係を調査の上、後日改めて御回答申し上げたいと思います。では本日はここまでということで!」
「総理! 総理!」

 映像が切り替わり、スタジオへと移った。画面には司会者と、いかにも文化人でごさいといった風体のおっさんが数人、茶飲み話でもするようなのほほんとした様子で並んでいる。日曜日の朝の見慣れた光景だ。
「はい、昨日の予算委員会の様子でした。ではここでコメンテーターの皆さんのご意見を窺いましょう。皆さんいかがですか?」
 司会に促され、おっさん達が一斉にしゃべり始める。
「蓮子代表、相変わらずノッてますね。総理はタジタジじゃないですか」
「いやあ、安陪腎三総理もしぶとく頑張っていますよ。一体どこまでトボけるつもりなのやら」「もういい加減、謝っちゃえばいいのに」
「また新しい証拠が出てきましたね」
「あれ、出所は例の女性でしょ? これまでもそうですけど、どうして一気に出さずにチョコチョコ持ってくるんですかね」
「そりゃあ、勿論これでしょう」 おっさんの一人が、親指と人差し指で輪っかを作りながら下品に笑う。
「なるほど、小出しにしてその度にお小遣いを戴こうと」「強かですなあ」
「それにしても…」と司会。「その昔、あのお二人が結婚なさった時は新進気鋭の若手議員同士の結婚ということで随分と話題になりましたが」
「そうね。あれから30年経って一方は総理大臣、もう片方は野党第一党の党首と大変なご活躍ですよね」
「プライベートと政治信条は別という潔さが、お二人ともに長年に渡って国民の支持を受けてきた訳ですが、ここへ来てこんな問題が持ち上がるとは誰も想定していませんでしたねえ」
「想定外と言えば、国営放送もまさか夫婦喧嘩の生中継を延々とさせられるとは思っていなかったでしょう」
「もう半年以上もやり合ってますもんねえ」
「いつまで続くんですかねえ」
「ねえ……」