ここに、私の一等大切な友人である綾音さん、あなたのことを記そうと思います。
 あの女学校で私は、どうにもご学友の皆さんの中に溶け込めませんでした。
 華やいだ雰囲気で終始取り留めのないことを話されておいでで、引っ込み思案の私としては、その輪の中に入るのは中々難儀なことでした。
 でも綾音さん、あなたは他の皆さんとは違いましたね。
 読書好きで、あまり会話に興じることなく、誰かと話すとしても二、三、言葉短かに話されるくらいのもので。
 私は仲間を見つけた思いになって、積極的にあなたの傍に近づいたものです。
 中庭にある長椅子に並んで座っている私たちの姿は、他の皆さんの目からは奇異に映ったことでしょう。
 何せ、いつも一緒にいるのに、ほとんど話すことがないのですもの!
 二人して別々にご本を読んだりして、時折思い出したように言葉を交わしたかと思うと、またご本を読んで。
 それは、真っ当なご学友同士の付き合いではなかったでしょう。
 ですが、その静かなひと時が、私にはちっとも苦になることがなかったのです。

 気ままにご本を読んで、くたびれたら、あなたと言葉を交わすか。
 あなたがご本を読むのに没頭されているようでしたら、ご本を読んでいる振りをしながら、ちらちらとあなたのことを盗み見たりして。
 ご本を見下ろす怜悧なお顔を盗み見るのは、全く飽きることがありませんでした。
 少し細められた目に、すっと通った鼻筋、艶やかな唇。白粉を塗らなくても真っ白な肌には、何度羨ましいと思わされたことでしょう!
 風が吹けば、長い御髪がさらさらと揺れて、大層見応えがありました。
 ええ、認めましょう。はしたないことをしていましたとも。でも私は知っていますよ! 綾音さん、あなたも私のことを盗み見ていたことを。
 ご本を読んでいて、ふと視線を感じ顔を持ち上げますと、あなたは慌てたようにご本に視線を落とすのです。
 冷静な振りをなされていましたが、白い頬にさっと朱色が差しておいでだったので、実は丸分かりでした。

 偶に交わす言葉は、些末なことがほとんどで。そのことに少しだけ不満を持ったりもしました。
 大切な友人であるあなたに、踏み込んだことも尋ねたかったのですけれど。あなたは読んでいるご本の感想すら、あまり話したがりませんでした。
 不思議に思って、訳を何度か尋ねると、あなたは渋々答えたのです。
「芳子さん、本当に大切なことは、簡単に口にするものではないわ」と、頬を朱に染めながら。
 私の不満はすっかり霧散して、それきりあなたを困らせることを言わなくなりました。

 その年の初雪が降ったあの日のことを今でも鮮明に思い出せます。

 ――「別れるなら春がいいね」とあなたは言った。

 唐突に零された一言に、私は「えっ?」と思わず聞き返しましたが、あなたは何も言わず空から舞い落ちる雪片をじっと見詰めるばかりでした。
 あなたが言葉足らずなことは、珍しいことではなかったので、私はまたご本を読み始めたのですけれど、するとまたあなたは口を開いて、「今年も雪が積もるのかしら?」と言われました。
 前年度は雪が積もって大変だったのに、あなたの声音にはどこか期待するような響きがあって、私は内心首を傾げました。
 が、またあなたを困らせないようにと、疑問は胸の内に留めました。

 さて、その年は前年度と同じようによく雪が降りました。
 学校の中庭はすっかり雪に覆われました。あなたと二人話せる別の場所を見つけなければと悩み始めた矢先、あなたは休学することになったのです。
 恨み言を申し上げましょう。あなたは、本当に大切なことを口にされないのですから!
 私がどれほどの不安に駆られたか、あなたに想像できるでしょうか?

 御病気は深刻なものなのだろうか? いいや、すぐに復学されるに違いない。
 そう自分に言い聞かせては、あなたのいない冬の日々を過ごし、そうして雪解けの春が訪れようという時に、あなたの訃報が届きました。
 先生からそのことを聞いて、私の心は千々に引き裂かれたかのようでした。
 私はあなたの痕跡を求めるようにあの中庭の長椅子へ向かいました。
 呆然と長椅子を見ていると、僅かに残っている雪の中から、何やら頭を覗かせているものを私は見い出しました。
 外観はオルゴールのような箱で、開けてみると一枚の便箋があります。
 そこにはたった一行、『芳子さん、あなたは私の一等大切な友人です』と記されていました。
 本当に大切なことは、簡単に口にするものではない、ですか。
 何とも迂遠な形でしたが、私は恥ずかしがり屋なあなたの真心をついに確認したのでした。