「お兄ちゃん、ありがとう!」
 そう言って、リサは大きな人形をこれでもかと抱きしめ、嬉し涙を浮かべた。
 今日は、リサの七歳の誕生日。俺は、精一杯貯めたお金で、誕生日プレゼントを買った。
 前からずっと欲しがっていた人形を、自分たちは一人親で貧乏だからとリサは諦めていた。
 五つ離れた可愛い妹。そんな妹が、今目の前で嬉しそうに涙まで流してくれている。それだけで、俺自身も幸せな気持ちになれた。
 頑張って貯めた甲斐があったな。すべては愛しい妹のため。
 涙を拭う妹に、俺は笑いかけた。
「リサが喜んでくれて、兄ちゃんも満足だ」
「ねぇ、見て。この黒髪の長さ、リサと同じっ」
「本当だ。目の大きな所も似てるな。ま、リサのほうがずっと可愛いけど」
「お兄ちゃんったら、そうやってすぐリサを喜ばせるんだから」
 ちょっと恥ずかしそうにするリサも愛くるしいと思う。
「ともかく、大切にしてくれよな」
「もちろんっ、さっそくこの子つれて、遊び行ってくるね」
「え、一人でか? いつもみたいに一緒についていくよ」
「もー、リサもう七歳だよ? 平気平気っ」
 そう言う妹の表情は、凛としていた。
「でも……」
「遠くまで行かないから! ね?」
 懇願するように見つめてくるリサ。
 もう七歳、か……。いつまでも子ども扱いじゃいけないのかな。
 心配性の俺だから、これまで外へ行く時は必ず付き添っていた。けれども、妹の意見を聞くのも大事かもしれない。
 俺はしばらく悩んだ末、首を縦に振った。
「車には気をつけろよ」
「やった! お兄ちゃんありがとう」
「それと、あまり遠くには行かないこと。わかったか?」
「うんっ! 行ってきます」
 リサは、人形を大切そうに抱きしめたまま、家を出ていった。
 リサのやつ、めちゃくちゃ浮かれてたな。……本当に可愛いんだから。
 健気な背中を見送りながら、俺は眉を下げた。

 その日の夕方、病院から電話があった。妹が車に轢かれたと。周りを見ずに、道路を妹が飛び出したと。

 何がいけなかった。
 妹に気をつけるようもっとちゃんと言っておかなかったから?
 妹を一人で外に出したから?
 何がいけなかった。
 ……周りが見えなくなるくらいに、妹は浮かれていた?
 人形をプレゼントしたからーー?

 病院に行った。母さんは、部屋の外で先生と話している。母さんの発狂じみた悲しみの声さえも遠く感じる。
 俺は、妹のいる部屋にいた。目を閉じて動かぬ妹。そっと手に触れた。驚くほど冷たくて、背筋が凍ってしまいそうだった。
 こんなに簡単に、大切なものが消えてしまった。
 悲しい。苦しいのに、胸が詰まって言葉が出てこない。
 リサ、なんで……。
 リサのそばに置かれた人形に目をやる。
 今日、あげたばかりなのに。
 ポタリと落ちた。ポタリとまた落ちた。落ちていく後悔と嘆きの涙。
 屈託のない笑顔のリサ。いつも頼ってくれた。そばにいてくれた。たった一人の妹。
 俺は、リサを抱きしめた。それから冷たい妹の胸で泣いた。
 ごめん。ごめんな、リサ。守ってやれなくて、ごめん……。
 動かなくなったリサは、人形のようだった。

 五年経った今でも、俺は妹にあげた人形をそばに置いている。そして、胸が張り裂けそうになるたび、人形に顔を埋め頬を濡らすのだ。