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お題:『水飴』『小川』『空色』『とげ』『エルフ』

【異世界でのんびり紀行】(1/3)
 春の海、終日のたりのたりかな。

 思わず、そんな蕪村の句が頭に浮かび上がる様な、ゆるりとした空気が流れていた。
 箭内 東吾が異世界と呼ばれる、現代とは違う世界に転移してから、すでに2年目の春である。転移した直後は大慌てだった彼も、さすがにそれだけの月日を重ねれば、イヤでもこの世界に慣れてくる。

 今は乗り合いの馬車に揺られて、田舎道をノロノロと隣の町に向かって移動している最中だ。うららかな春の日差しと、ガタンガタンとリズミカルな振動に、思わず瞼が重くなって来る。

(昔は、尻が痛くてうたた寝なんて出来なかったのになぁ)

 そんな事を思い苦笑する。
 年がら年中旅の空な東吾は、すでにすっかり、そんな事にも慣れてしまっていた。

 獣人の御者の爺さんは、手綱を握りながら噛み煙草をもぐもぐとやっていて、それ程広いと言う訳では無い幌馬車の中には、東吾を含めて7人程の男女が、向き合わせの席に腰を落ち着けている。
 その中には彼と同じ様な旅装の者も居れば、普通の格好をした親子も居る。

 馬車の外では、護衛に雇われた冒険者達が、馬車の速度に合わせて歩いて居た。
 東吾も、時折、同じ様に馬車の護衛の仕事をする事は有るが、基本ソロな彼は、連携が必要なこの手の仕事を受ける事は殆どなかったが。

 この辺りの地方で魔獣が活発になっていると言う話など聞いた事は無いし、基本身を隠す場所の無い平原なので、盗賊が出たと言う話も聞いた事は無い。
 だからと言って全く遭遇しないと言う事も無い為に、こうして護衛が付いている訳だが。

(こんな日は、魔獣もお休みにしてるだろうさね)

 希望的観測ですらない寝言と言って良い思考ではあるが、彼の考えが正しいかの様に魔獣の襲撃など無かった。

 ガタリ……と、大きく馬車が揺れた。小川に掛かっていた、殆ど丸太を並べただけと言って良い橋を乗り越えたからだ。

 と、突然、座っていた親子の、その子供が泣きだした。
 馬車の中にいる客の視線はその子供に集中し、母親だろう若い女性は、慌てて子供を泣き止ませようとオロオロしている。
 御者の獣人の爺さんが迷惑そうに振り返るも、何も言わずに前を向き直し、何事かと馬車の中を覗き込んだ冒険者は、「何だ、ガキか泣いただけか」と、興味を失った様に護衛の仕事に戻っていった。

「如何致した?」

 フードを被っていた旅人が、そう声を発する。鈴の音の様な涼やかな声だった。
 一瞬、キョトンと上を向き、目を丸くしていた子供は、しかし、次の瞬間には「イタイの、イタイの」と、引き攣る様に繰り返す。
 手を押さえている様子から、おそらく、手か指を痛めたのだろう。タイミングとしては、小川で馬車が大きく揺れた時だろう。