>>938
お題:『ロブスター』『笹』『パーカー』『弦月』『シャワー』

【ちょっと贅沢な夜】
 ハッキリした目鼻立ちの、木の強そうなボブカットの少女が、上機嫌で夜道を歩いて居る。
 そんな少女……宵山 千夏の数歩後ろを同級生兼恋人であるはずの須郷 颯が深い溜息を吐きながら追従していた。

「……騙された」
「何よ、騙してなんか無いよ。ザリガニはザリガニだし」

 そう言う千夏をジロリと颯が睨み付ける。誕生日当日にバイトで会えなかったのは颯のミスだ。その埋め合わせにとした千夏の注文が「ザリガニが食べたい」と言う事だったのだ。
 ゲテモノ食いかと、一瞬悩んだ颯だったが、しかし、ネットで調べた『食用ザリガニ1尾60円』と言う安さに目がくらみ、それを了承してしまった。
 「お店はあたしに任せて」と言う言葉に、ザリガニを食べさせてくれる店について何の情報も無かった颯が、安易に千夏に丸投げしてしまったのが彼の敗因だったのであろう。

 海ザリガニ=ロブスター。

 ロブスターは日本では聞き馴染みのない食材だが、はオマール海老と言えば、誰でも聞き覚えがあるだろう。言わずと知れたフランス料理の高級食材である。
 ちなみに伊勢海老も英名ではジャパニーズロブスター。当然高級食材だ。

 かくして颯がバイトでせっせと稼いだお金は、今は二人のお腹の中と言う訳である。
 本格的なフランス料理のお店と言う訳ではなく、もっとリーズナブルなお店ではあったが、それでも高校生の懐事情では痛い出費だった。

「で? 初フランス料理の感想は?」
「うむ、満足じゃ」

 ニッと千夏が笑う。
 弦月の光が、シャワーの様に彼女に降り注ぎ、本来ブラウンの彼女の髪を月色に染める。
 颯は、まるで幻想の様に月夜に浮かび上がる千夏の様子に、思わずパーカーのフードを被った。

「どしたの?」
「何でもねぇよ」

 見蕩れていた事が恥ずかしく、思わず俯いた颯に千夏が問いかける。
 その返答は何時もよりもぶっきらぼうだ。

「ん、何? なんで不機嫌なのよ」
「別に……」
「え〜。じゃ、明日、笹飴プレゼントするから機嫌直してよ颯、好きだったでしょ?」
「いや、それ親父さんのお土産だろ?」
「うん、何か出張の度に買って来るんだよね。余っちゃって」
「おま……」

 お詫びのプレゼントに父親のお土産。
 思わず眉根を寄せた颯に、千夏はニシシと笑いながら言った。

「愛情は入ってるよ? プライスレスで」