赤ッ面の敵役があまり石原氏をボロクソに言ふから、江戸ッ子の判官びいきで、ついつい氏の肩を持つやうに
なるのだが、あれほどボロクソに言はれなかつたら、却つて私が赤ッ面の役に回つてゐたかもしれない。その点
私の言ひ草は相対的であり、また、現象論的であることを御承知ねがひたい。
従つて、ひいきとしては、氏の一勝負一勝負が一々気になるが、今まででは「処刑の部屋」が一等いい作品で、
中にはずいぶん香ばしくないものもある。
香ばしくないどころか、呆れ返るものもある。しかし、ひいきのたのしみはいつも不安を与へられることであり、
はじめから安定した、まちがひのない作家といふものに私は興味がない。
(中略)
今のところ、氏は本当に走つてゐるといふよりは、半ばすべつてゐるのである。すべることは走るより楽だし、
疲労も軽い。しかし自分がどこへ飛んで行つてしまふかわからぬ危険もある。やつぱり着実に走つて、自分の脚が
着実に感ずる疲労だけが、信頼するに足るものだといふことを、スポーツマンの氏はいづれ気づくにちがひない。

三島由紀夫「石原慎太郎氏」より