夏目漱石の『こころ』
不朽の名作にして純文学の頂点に立つ作品、夏目漱石の『こころ』について語りましょう
>>384はかっこわるいな
こころが大正の小説なのを知らなかったり小説観が稚拙だからではない
「明治の精神が描かれた」だの「言葉の綾」だのという言い草がかっこわるい
「大正に連載されてたことは知らなかった」でいいじゃないか ロンドン大学教授によるとクイア(同性愛)文学として読む
冒頭鎌倉の海辺で出会う。私は海から上がった先生の体に注目している
さらに同姓の間で恋という言葉が使われてる
水の中で溶け合うような場面はとてもエロチック
三文小説で描かれる欲望を思い起こさせる生々しい表現でありながら新しい性的自我が現れている
江戸期の男色文化は明治期に入ったキリスト教によって抑えられた 先生とKの関係に同性愛の要素を見出さないとかその教授の底が知れる 『二百十日』の主人公も、同性愛的とか言うんだろうな。 ヰタ・セクスアリスとか読んでるとホモ行為が普通にあるみたいな感じに書かれてるな。 以前テレビで姜尚中が「こころ」の解説をやっていた。
俺は別に嫌韓厨じゃないけど在日の人が日本を代表する文豪の夏目漱石の解説はないわと思った。 日本人である漱石がイギリスを代表する文豪の解説をしていた件については? 同じ姜尚中が同じ『こころ』について同じ内容の解説をするとしても
それが韓国のテレビであればかまわないっていうんだろ
解説の内容は関係なしに「在日が語るな」に尽きている
これで「俺は別に嫌韓厨じゃないけど」ってんだから
嫌韓を自認できるレベルまでいったらどうなるのかね 「こころ」の解説は知らんが
姜尚中が日曜美術館の司会をやってるときはひどかったな
全く美術の造詣が深くないのがまるわかりなのは仕方ないにしても、
すぐ政治的な我田引水なコメントをするのがいらついた
今のARATAの方が無知なりに純粋に美術が好きなのが伝わってきてまだまし
韓国人がこころの解説をしたって俺はかまわないが
政治的な色が濃い奴に漱石を語られるのが気持ち悪いというのはわかる >>411
いい突っ込みだな。
「田舎者だから」と感覚で答えた「私」に先生が田舎者だから善人と言い切れるのか
と突っ込んだときと同じ方向性の突っ込みだな。
もうあっちいってもこっちいっても嫌韓がいて、韓国の話ばかりしててうざいんだよね。 >>96
中村雅俊の坊っちゃん、大ヒットだったのか?
寅さんと同時上映されたんだよね。
普通にヒットはしたけど大ヒットではないし、寅さんの力が強かったと思うよ。
この映画の前に何本も映画化されてるし、テレビドラマ化はもっと多い。
もともとの小説人気なんじゃないのか? >>408
言ってることが
実に小っちゃいんだよな 408が言ってることが小さいのか、姜尚中が言ってることが小さいのか 姜尚中のNHKのブックレットが古本屋にあったからちら見したけど、
師弟関係と世代交代にかなり思い入れがある話だった。
江藤淳以前の漱石商店二大番頭時代に戻った感じの話だったな。
黒澤明の内田百闡怩ノも似てる非常に懐古趣味的な視点だった。 「こころ」を「ホモ小説」なんて言ってる人は、この本を読む根本的な視点が間違っていると思う 「先生と私」パートをホモと呼ぶのは根本的な視点が間違ってますね
「先生とK」を同性愛的視点で読む者はこの作品の本質に気付いてますね 昔の人って今よりも、男同士、女同士でいる時間が長い。 >>421,422のように間違ってると断定するのもちとおかしい。
漱石山房にその傾向があるのだから。当たり前だけど性交は抜き。 >>422>>425
アホか。
『こころ』を冒涜するな。 夏目漱石はオスカー・ワイルドを通過してるんだから、
ある程度小説に盛り込もうとするのは当たり前。 俺のお嬢さんの印象は顔は中の上程度だけど、めちゃめちゃ男にモテるタイプの女性だったと思う。
いわゆる天然の魔性の女。
皆さんのお嬢さんの印象はどうですか? 創っ価〜。
しゃ〜ね〜な。あんたらがどうやって殺人資金を調達しているか言わないといけないの?
う〜ん、ことの重大さから、気がすすまねえけどな。 ■■■
通名の方々:
テレビ局・新聞社・ラジオ局・出版社・
芸能人・テレビに出てる人・本を出している人・雑誌の表紙・芸術家・
スポーツ選手・アダルトビデオ・性風俗・ヤクザ・暴力団・部落(同和)・
教員・大学教授・ノーベル賞受賞者・医師・弁護士、検察官、裁判官・政治家・公務員・
経団連・経済同友会・公益法人・旧軍人・巣鴨プリズン・明治政府〜・
塾・予備校・専門学校・ 自動車教習所・ 商店街・飲食店・寺・2ちゃんねる・
■■■ 読み終わった。
まあまあ面白かった
しかし、すごい長文の手紙であれこれ書いているけど、結局、先生はずいぶん女々しく狡い人だなと思った。
まあ、これくらいの女々しさや狡さは多くの人が持っている部分だろうから、
非難はしないし、基本は生真面目な人だとも思うが。
基本が狡ければ、いつまでもクヨクヨ思い悩む事もついには自殺をする事もなかったろうし。
先生にとっては、しまいに自殺するほどの大事件で、こんな長文を書くほどの大事件だったろうけど、
こんな長い手紙を読んだ『私』は、どう感じたのだろうか
俺なら「長過ぎ。5ページくらいにまとめろカス。こんな奴を先生とあがめてた俺も見る目が無いな」と嘆く
>>429
顔は中の上で、親しくなると笑顔をよく見せるが、
封建的で、結婚相手に関しても、自分の意思よりも親の決定に従うのが当然と考える女性 先生の遺書が長すぎて挫折したんで、誰がその遺書を要約してくださいorz >>434
先生「Kが大好きで可愛くてわざと意地悪してKからお嬢さんを奪ったらKが自殺しちゃって罪悪感でもう無理死ぬ」 >>434
あれを挫折するとは、お前は本を読むのを止めた方がいい。 >>436
こころが人生で読んだ本の4冊目ですw
てか理系なんで読書とかまじ無理っす
数学の演習してたほうが楽しいわ 夏目漱石さんが描いた漫画読みました
こころ、それから、三四郎、昔の人が描いたわりには絵が上手だなあと思いました >>438
>昔の人が描いたわりには絵が上手だなあと思いました
キミは鳥獣戯画も北斎漫画も見たことがないのかね? そりゃお前、
本当に漱石が好きな人は
こんなスレを覗いてるヒマがあったら
漱石の本を読んでるからだろ 先生の自殺はKを奪った奥さんに対する悪意ある復讐だと感じた。
十四章のそうして自分が欺かれた返報に、残酷な復讐をするようになるものだからって台詞は
Kのことだけじゃなくて奥さんをも指していると思った。 http://hideyo-noguchi-mri.com/council
あの神の手、福島孝徳脳外科医も野口英世支持者だ
http://m2.upup.be/j3GS6yJ1hv
野口英世と大隈重信
http://l2.upup.be/CfE8fOSdgr
野口英世と東郷平八郎
http://m2.upup.be/qH7YjpjAGW
日本人最初のカラー写真、野口英世(大正3年アメリカで撮影)
野口英世
学位は医学博士(京都大学)、理学博士(東京大学)。称号はブラウン大学名誉理学博士、イェール大学名誉理学博士、パリ大学名誉医学博士、サン・マルコス大学名誉教授・名誉医学博士、エクアドル共和国陸軍名誉軍医監・名誉大佐。
1907年(明治40年) - ペンシルベニア大学名誉修士
1918年(大正7年) - エクアドル陸軍名誉軍医監 名誉大佐、グアヤキル大学名誉教授、キトー大学名誉教授
1920年(大正9年) - サン・マルコス大学名誉教授 名誉医学博士
1921年(大正10年) - ブラウン大学名誉理学博士、エール大学名誉理学博士
1925年(大正14年) - パリ大学名誉医学博士
受賞歴
1913年(大正2年) - 勲三等(スペイン)、勲三等(デンマーク)
1914年(大正3年) - 勲三等(スウェーデン)
1915年(大正4年) - 勲四等旭日小綬章
1920年(大正9年) - ジョン・スコット・メダル名誉章(フィラデルフィア)
1924年(大正13年) - レジオンドヌール勲章(フランス)
1925年(大正14年) - 正五位、コーベル賞牌
1928年(昭和3年) - 勲二等旭日重光章、防疫功労金牌(フランス) まあよいではないか、川口ま〜ん絵美くん。
殺人マスメディアと公営・私営ギャンブルと風俗ポルノ業と昆虫小売業が次々に崩壊し、いま、さらに昆虫外食業が崩壊しつつあるのだ。
君たちの逆恨みも、そういう形で無事自らに帰着するわけなのだ。即ち、クズ全滅だよ。
私が誰なのかは、自明のことだから改めて言う必要はないな。
ではでは、中垣信夫・りゑ御夫妻によろしく伝えてくれたまえ。 http://hideyo-noguchi-mri.com/council
あの神の手、福島孝徳脳外科医も野口英世支持者だ
http://m2.upup.be/j3GS6yJ1hv
野口英世と大隈重信
http://l2.upup.be/CfE8fOSdgr
野口英世と東郷平八郎
http://m2.upup.be/qH7YjpjAGW
日本人最初のカラー写真、野口英世(大正3年アメリカで撮影)
野口英世
学位は医学博士(京都大学)、理学博士(東京大学)。称号はブラウン大学名誉理学博士、イェール大学名誉理学博士、パリ大学名誉医学博士、サン・マルコス大学名誉教授・名誉医学博士、エクアドル共和国陸軍名誉軍医監・名誉大佐。
1907年(明治40年) - ペンシルベニア大学名誉修士
1918年(大正7年) - エクアドル陸軍名誉軍医監 名誉大佐、グアヤキル大学名誉教授、キトー大学名誉教授
1920年(大正9年) - サン・マルコス大学名誉教授 名誉医学博士
1921年(大正10年) - ブラウン大学名誉理学博士、エール大学名誉理学博士
1925年(大正14年) - パリ大学名誉医学博士
受賞歴
1913年(大正2年) - 勲三等(スペイン)、勲三等(デンマーク)
1914年(大正3年) - 勲三等(スウェーデン)
1915年(大正4年) - 勲四等旭日小綬章
1920年(大正9年) - ジョン・スコット・メダル名誉章(フィラデルフィア)
1924年(大正13年) - レジオンドヌール勲章(フランス)
1925年(大正14年) - 正五位、コーベル賞牌
1928年(昭和3年) - 勲二等旭日重光章、防疫功労金牌(フランス) 夏目漱石「韓満所感」(抜粋)
「昨夜久し振りに寸(すん)閑(かん)を偸(ぬす)んで満洲日日へ何か消息を書かうと思ひ立つて、筆を執りながら二三行認(したた)め出すと、
伊藤公が哈(は)爾(る)浜(ぴん)で狙撃されたと云ふ号外が来た。哈爾浜は余がつい先達て見物(けぶ)に行つた所で、公の狙撃されたと云ふプラツトフオームは、
現に一ケ月前(ぜん)に余の靴の裏を押し付けた所だから、希有(けう)の兇(きょう)変(へん)と云ふ事実以外に、場所の連想からくる強い刺激を頭に受けた」
「満韓を経過して第一に得た楽天観は在外の日本人がみな元気よく働いてゐると云ふ事であつた」
「歴遊の際もう一つ感じた事は、余は幸にして日本人に生れたと云ふ自覚を得た事である。
内地に跼(きょく)蹐(せき)してゐる間は、日本人程(ほど)憐(あわ)れな国民は世界中にたんとあるまいといふ考に始終圧迫されてならなかつたが、
満洲から朝鮮へ渡つて、わが同胞が文明事業の各方面に活躍して大いに優越者となつてゐる状態を目撃して、
日本人も甚だ頼(たの)母(も)しい人種だとの印象を深く頭の中に刻みつけられた 同時に、余は支那人や朝鮮人に生れなくつて、まあ善かつたと思つた。 満韓を経過して第一に得た楽天観は在外の日本人がみな元気よく働いてゐると云ふ事であつた。
歴遊の際もう一つ感じた事は、余は幸にして日本人に生れたと云ふ自覚を得た事である。
内地に跼蹐(きょくせき)してゐる間は、日本人程あわれな国民は世界中にたんとあるまいといふ考に始終圧迫されてならなかつたが、
満洲から朝鮮へ渡つて、わが同胞が文明事業の各方面に活躍して大いに優越者となつてゐる状態を目撃して、
日本人も甚だたのもしい人種だとの印象を深く頭の中に刻みつけられた。
同時に、
余は支那人や朝鮮人に生れなくつて、まあ善かつたと思つた。彼等を眼前に置いて勝者の意気込を以て事に当るわが同胞は、
真に運命の寵児と云はねばならぬ」
「満洲日日新聞」明治42年11月5日掲載の夏目漱石の随筆『韓満所感』 夏目漱石「韓満所感」(抜粋)
「昨夜久し振りに寸(すん)閑(かん)を偸(ぬす)んで満洲日日へ何か消息を書かうと思ひ立つて、
筆を執りながら二三行認(したた)め出すと、伊藤公が哈(は)爾(る)浜(ぴん)で狙撃されたと云ふ号外が来た。
哈爾浜は余がつい先達て見物(けぶ)に行つた所で、公の狙撃されたと云ふプラツトフオームは、現に一ケ月前(ぜん)に余の靴の裏を押し付けた所だから、
希有(けう)の兇(きょう)変(へん)と云ふ事実以外に、場所の連想からくる強い刺激を頭に受けた」
「満韓を経過して第一に得た楽天観は在外の日本人がみな元気よく働いてゐると云ふ事であつた」
「歴遊の際もう一つ感じた事は、
余は幸にして日本人に生れたと云ふ自覚を得た事である。内地に跼(きょく)蹐(せき)してゐる間は、日本人程(ほど)憐(あわ)れな国民は世界中にたんとあるまいといふ考に始終圧迫されてならなかつたが、
満洲から朝鮮へ渡つて、わが同胞が文明事業の各方面に活躍して大いに優越者となつてゐる状態を目撃して、
日本人も甚だ頼(たの)母(も)しい人種だとの印象を深く頭の中に刻みつけられた 同時に、余は支那人や朝鮮人に生れなくつて、まあ善かつたと思つた。
彼等を眼前に置いて勝者の意気込を以て事に当るわが同胞は、真に運命の寵(ちょう)児(じ)と云はねばならぬ」 日露戦争直後の1906年、「武士道」の著者であり人道主義者の新渡戸稲造が朝鮮半島を旅行している。
彼は朝鮮人(韓国人)を「政治的野心に欠けた、かの脆弱な女性的国民」と評して次のように述べている。
「山野は実に墳墓に充ち、予の今過ぎる所の路傍にも土饅頭を列ねて、また、やがて埋葬されるべき棺を列ぬ。
(朝鮮衰亡の原因は)その国の気候に非ず。
また、その土壌に非ず。かく死と密接なる国民は自ら既に半ば死せるものなり」
「枯死国朝鮮」 キリスト教徒 新渡戸稲造 (国際連盟事務次長)
満韓を経過して第一に得た楽天観は在外の日本人がみな元気よく働いてゐると云ふ事であつた。
歴遊の際もう一つ感じた事は、余は幸にして日本人に生れたと云ふ自覚を得た事である。
内地に跼蹐(きょくせき)してゐる間は、日本人程あわれな国民は世界中にたんとあるまいといふ考に始終圧迫されてならなかつたが、
満洲から朝鮮へ渡つて、わが同胞が文明事業の各方面に活躍して大いに優越者となつてゐる状態を目撃して、
日本人も甚だたのもしい人種だとの印象を深く頭の中に刻みつけられた。
同時に、
余は支那人や朝鮮人に生れなくつて、まあ善かつたと思つた。彼等を眼前に置いて勝者の意気込を以て事に当るわが同胞は、
真に運命の寵児と云はねばならぬ」
「満洲日日新聞」明治42年11月5日掲載の夏目漱石の随筆『韓満所感』 漱石は満韓・支那に対して、ダーウィニズムの〈適者生存〉の適者の側に立ち、
わが同胞が文明事業の各方面に活躍して大いに優越者となつてゐる状態を目撃して、
日本人も甚だたのもしい人種だ、という印象を抱いている。
ところが欧米に対しては〈淘汰〉されそうで何とかしなければ、
日本人程あわれな国民は世界中にたんとあるまい、と強烈に感じているわけだ。
『韓満所感』が1909年、「私の個人主義』が1914年であることを考えると、
漱石の心のなかでは国境を境に外側への考え方と、内側での考え方に対立する対立するベクトルが拮抗してる。
これは歴史的に民族主義的な過程にある民衆の心理を映し出しているのかもしれないけれど。 夏目漱石の「私の個人主義」から(No.1)
「近頃自我とか自覚とか唱えていくら自分の勝手な真似をしても構わないという符徴(ふちょう)
に使うようですが、その中にははなはだ怪しいのがたくさんあります。彼らは自分の自我をあくまで
尊重するような事を云いながら、他人の自我に至っては毫も認めていないのです。いやしくも公平の
眼を具し正義の観念をもつ以上は、自分の幸福のために自分の個性を発展して行くと同時に、その
自由を他にも与えなければすまん事だと私は信じて疑わないのです。我々は他が自己の幸福のために、
己(おの)れの個性を勝手に発展するのを、相当の理由なくして妨害(ぼうがい)
してはならないのであります。私はなぜここに妨害という字を使うかというと、あなたがたは正しく
妨害し得る地位に将来立つ人が多いからです。あなたがたのうちには権力を用い得る人があり、
また金力を用い得る人がたくさんあるからです。」 夏目漱石の「私の個人主義」から(No.2)
「第一に自己の個性の発展を仕遂(しと)げようと思うならば、同時に他人の個性も尊重しなければならないという事。
第二に自己の所有している権力を使用しようと思うならば、それに附随している義務というものを心得なければならないという事。
第三に自己の金力を示そうと願うなら、それに伴(ともな)う責任を重(おもん)じなければならないという事。
つまりこの三カ条に帰着するのであります。
これをほかの言葉で言い直すと、いやしくも倫理的に、ある程度の修養を積んだ人でなければ、個性を発展する価値もなし、
権力を使う価値もなし、また金力を使う価値もないという事になるのです。それをもう一遍(ぺん)云い換(か)えると、
この三者を自由に享(う)け楽しむためには、その三つのものの背後にあるべき人格の支配を受ける必要が起って来るというのです。
もし人格のないものがむやみに個性を発展しようとすると、他(ひと)を妨害する、権力を用いようとすると、濫用(らんよう)に
流れる、金力を使おうとすれば、社会の腐敗をもたらす。ずいぶん危険な現象を呈(てい)するに至るのです。そうしてこの三つの
ものは、あなたがたが将来において最も接近しやすいものであるから、あなたがたはどうしても人格のある立派な人間になって
おかなくてはいけないだろうと思います。」 吉田松陰幽囚録
原文編集
日不レ升則昃、月不レ盈則虧、國不レ隆則替、故善保レ國者、不二徒無一レ失二其所一レ有、又有レ増二其所一レ無、今急修二武備一、艦略具、礮略足、則宜開二-墾蝦夷一、
封二-建諸侯一、乘レ間奪二加摸察加隩都加一、諭二琉球一朝覲會同比內諸侯、責レ朝-鮮納レ質奉レ貢、如二古盛時一、北割二満州之地一、南牧二台灣呂宋諸嶋一、
漸示二進取之勢一、然後愛レ民養レ士、慎二守邊一、固則可レ謂二善保一レ國、矣不然坐于群夷爭聚之中、無二能舉レ足揺一レ手而國不レ替者其幾與、 【ダーウィン思想とヴィクトリア朝後期の文学】
ヴィクトリア朝期の知識人たちは、ほとんど例外なく、伝統的西欧キリスト教思想の根本的な変質と解体を
体験しなければならなかった。それは個人個人にとって、強弱さまざまの、またいろいろな内容の、思想的
危機をもたらしたといえる。しかし最大の、決定的な打撃は、ダーウィンの進化論(Charles Darwin,
On the Origin of Species, 1859)によって与えられた。それまでの聖書が説いてきた、唯一絶対神による
宇宙・自然・人間の創造という教義は、1片の神話と化した感があった。しかしその教義はじつはかなり以前
から疑われていたこと。(たとえばジョージ・エリオットを懐疑主義に誘った〈聖書高等批評〉を考えるとよい。)
それよりもはるかに強い衝撃は、ダーウィニズムが新たに説いた〈適者生存〉の原理による〈自然淘汰〉という
考え方からきた。自然界全体が完全に無目的な淘汰のメカニズムによって動いており、種としての人間は偶然にも
一つの適者として生存競争に生き残ってきたにすぎないのだとすれば、それまで西欧の思想が絶対視してきた人間
の優位は、完全に相対化される。簡単にいえばサルと親戚ということだろうから。さらに人間社会の内部でもこの
〈適者生存〉の原理が作用し、弱者が淘汰されるのは必然の成り行きということになれば、何の根拠があって善を
教え、愛を説くことができようか。まずしい労働者の子供たちが飢えてしんでゆくのも、当たり前ということにな
ってしまうではないか。
この新しい思想の衝撃は、ヴィクトリア朝後期の思想を暗くする。反論もいろいろなかたちで展開されたが、い
つもダーウィンはの勢いにかなわなかった。≪川崎寿彦「イギリス文学史 p.130」(成美堂)≫ 読み下し編集
日は升
のぼ
らざらば則ち昃
かたむ
き、月は盈
み
たざれば則ち虧
か
け、國は隆
さか
んならざれば則ち替
すたれ
る。故に善く國を保つ者は、徒
いたずら
に其れ有る所を失うこと無からず、又た其れ無き所を増すこと有り。今ま急に武備を修め、艦略具
そな
え、礮略足らし、則ち宜しく蝦夷を開墾して、諸侯を封建し、間に乘じて加摸察加カムチャッカ
隩都加オホーツク
を奪かちと
り、琉球を諭し朝覲會同し比ひ
して内諸侯とし、朝鮮を責め、質を納め貢を奉る、古いにしえ
の盛時の如くし、北は滿州の地を割
わり、南は台灣・呂宋
ルソン諸島を牧おさ
め、漸に進取の勢を示すべし。然る後に民を愛し士を養い、守邊を愼みて、固く則ち善く國を保つと謂うべし。然らず坐して群夷が爭い聚まる中、能く足を擧げ手を搖すこと無けれども、の替
すたれざらん者は其の幾
きと與
とも
なり。 現代語訳編集
日が昇らなければ沈み、
月が満ちなければ欠け、国が繁栄しなければ衰廃する。よって、国を善良に保つのに、むなしくも廃れた地を失うことは有り得て、廃れてない地を増やすこともある。
今、急いで軍備を整え、艦計を持ち、砲計も加えたら、直ぐにぜひとも北海道を開拓して諸侯を封建し、
隙に乗じてカムチャツカ半島とオホーツクを取り、琉球を説得し謁見し理性的に交流して内諸侯とし、朝鮮に要求し質を納め貢を奉っていた昔の盛時のようにし、
北は満州の地を分割し、南は台湾とルソン諸島を治め、少しずつ進取の勢いを示すべきだ。その後、住民を愛し、徳の高い人を養い、防衛に気を配り、しっかりとつまり善良に国を維持すると宣言するべきだ。
そうでなくじっとしていて、異民族集団が争って集まっている中で、うまく足を上げて手を揺らすことはなかったけれども、国の廃れないことは其の機と共にある。 夏目漱石「韓満所感」(抜粋)
「昨夜久し振りに寸(すん)閑(かん)を偸(ぬす)んで満洲日日へ何か消息を書かうと思ひ立つて、
筆を執りながら二三行認(したた)め出すと、伊藤公が哈(は)爾(る)浜(ぴん)で狙撃されたと云ふ号外が来た。
哈爾浜は余がつい先達て見物(けぶ)に行つた所で、公の狙撃されたと云ふプラツトフオームは、現に一ケ月前(ぜん)に余の靴の裏を押し付けた所だから、
希有(けう)の兇(きょう)変(へん)と云ふ事実以外に、場所の連想からくる強い刺激を頭に受けた」
「満韓を経過して第一に得た楽天観は在外の日本人がみな元気よく働いてゐると云ふ事であつた」
「歴遊の際もう一つ感じた事は、
余は幸にして日本人に生れたと云ふ自覚を得た事である。内地に跼(きょく)蹐(せき)してゐる間は、日本人程(ほど)憐(あわ)れな国民は世界中にたんとあるまいといふ考に始終圧迫されてならなかつたが、
満洲から朝鮮へ渡つて、わが同胞が文明事業の各方面に活躍して大いに優越者となつてゐる状態を目撃して、
日本人も甚だ頼(たの)母(も)しい人種だとの印象を深く頭の中に刻みつけられた 同時に、余は支那人や朝鮮人に生れなくつて、まあ善かつたと思つた。
彼等を眼前に置いて勝者の意気込を以て事に当るわが同胞は、真に運命の寵(ちょう)児(じ)と云はねばならぬ」 統治者は憲法に定義されている。
憲法を最初に作った者は偉大であるし、法と政治を形成する。
国家は「善」を目的としているし、法と政治は人間と領土を治める。
人間は男女がお互いに影響を与えあっており、縄張りが生じる。
日本国の市民と国家の関係は今となっては各自が国家の知のイメージを形成しやすくなっている。
子供は未成熟なために大人の監視が必要だし、女性はよく考えているが権威がないため男性の監視が必要だ。
男は「本質に反していなければ」統治者にふさわしい。
このような地道な政治学の構築がアレキサンダー大王のペルシャ侵略につながったのだ。
明るい魂を必要としている国が侵略を受け入れるのだ。
行政機関や司法機関に奴隷は参加できない。
しかし、彼らにも満足が必要だ。
人間とは政治的動物だからだ。
日本でいうと在日や部落であろうか。
奴隷は侵略によって生み出される(一向一揆や日露戦争など)が、高貴な人生を望んでいる。
しかし、主人が必要なのだ。
ダンテと大日本帝国の侵略。
http://app.f.m-cocolog.jp/t/typecast/1325367/439553/99208959 国語の教科書アカデミー賞、主演男優賞をあげるとしたらだれ?
■「こころ」の先生(作:夏目漱石)
・Kに自分の感情を隠して、こそこそと自分の恋愛を進めるところ何となく演技が上手くないとできないだろうなーと思った(女性/28歳/印刷・紙パルプ)
・Kに親友のように振る舞いつつ、お嬢さんをかすめとったから(女性/26歳/商社・卸
・友人を裏切り、最後は自殺してしまう壮絶さ(女性/36歳/ソフトウェア)
・こころの先生。衝撃的だった(女性/33歳/団体・公益法人・官公庁)
ドロドロとした人間模様は、昼ドラ以上! 葛藤をかかえる先生の、数々の名台詞はたまりません!
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=121&id=3437295&from=pickup_news ん? あぁ、いま日テレの「月曜から夜ふかし」見てますよ。
次はどこの虫けらブッ殺せばよろしいですか? 企業か組織ごと潰せば、いちどに大量に始末できますよね。 なぜ先生のこと父親の死に目より大切な存在なのか理解に苦しむ >>465いや恋は単なる罪 んで恋愛は罪悪に思える。 先生は何でお嬢さんと結婚したかったんだろう?先生ぐらい真面目だったら
お嬢さんの心が平凡だと思わなかったんだろうか なんだよ>>468はただケチつけたいだけのクズだったか 先生が生きているという
後日談も考えられる
私に手紙を出した後、
やはり死ぬのを躊躇して
やめたとか
列車から降りた私が
駆けつけると
先生が家にいたりとか >>475
「先生と私」に、↓こんなことが書かれていますが。
先生は美しい恋愛の裏に、恐ろしい悲劇を持っていた。そうしてその悲劇のどんなに先生にとって見惨みじめなものであるかは相手の奥さんにまるで知れていなかった。
奥さんは今でもそれを知らずにいる。先生はそれを奥さんに隠して死んだ。先生は奥さんの幸福を破壊する前に、まず自分の生命を破壊してしまった。 新潮社版読んだが
当時は「静」と書いて「しずか」と読んだんだな
Kの部屋は永久に静なのです、とかいう箇所があったような Kって清原のことだったんだ。
最近ようやくわかった。
ありがとうな、清原+桑田=清田のだんな 奥さんは全てを知っていた。
資産家の女房になりたかったから、黙っているほうが得策だと思っていた。 あらかた伯父に資産を取られてもまだ金利の半分も使ってないほどの資産があるって
先生ははどんなけ金持ちなんだw それからの代助さんと共に設定がちょっと非現実的だよね
太宰治の生家はそれくらい金持ってそうだったが >>488
代助は実家から仕送りしてもらっている、という記述があったような・・・・
明治から大正にかけては、それほどインフレがなくまとまった金があれば働く無くとも食っていけた、そんな記述をどこかで呼んだことがある。
ただし、現在と価値観が違っていて戸惑うこともある。
「こころ」の先生は、食っていけるだけのものはあると言いながら、借家だし。それでいて、女中を雇っているし。 志賀直哉がその典型だろ。
やつはまともに小説書かなくても食っていけたのは親父のおかげだぜ。
テメーひとりではまったく生きられなかったくせしやがってえらそうに。
太宰も同様だな。でも志賀よりは謙虚だからまだましだがな。
夏目作品は、電子書籍で、ただで読めるね。(・(ェ)・)y◇°°°
。。
予備校の先生が、酔っ払った太宰を背中におんぶして運んだことがあると逝ってた。
これがあの有名な作家の太宰かと思ったそうだ。
羽織みたいなのを着ていて、パンツ?ふんどしかな?はいつもはいてないそうだ。
理由は、いつでもしょん便が出来るからと答えたそうだ。
羽織の下がしょん便臭かったそうだ。
。。 10代の頃に読んだけど、
働きだすと、
自分より死んだほうがましだと思える悪人がのうのうと生きてるんだから、
こんな事で死のうとは思わなくなるな。
ただ文学としては夏目漱石の名を上げた名作だろうね。 >>493
上の方にもカキコあるが高校生くらいの分析力でも分かりやすいプロットだからね(だからダメと言ってる訳でなし。むしろ素晴らしい)
大人になったら漱石よりも松本清張や池井戸潤みたいに分かりやすい性格悪いやつで権力持ってるの戦うのが楽しくなるわな 主人公も修業だの忍耐だのえらそうなことを言ってたKが女に振られたくらいで死ぬとは思わなかっただろうな 先生って一度奥さんと墓参り行ってるよね?
何で私には一度も妻を連れていったことはないと嘘を付いたんだろう
それともこれは漱石のミス? 実家を飛び出して、哲学やら仏教やらに何かを求めていたんでしょ。
学校にも行かずに。
お嬢さんとの一件はきっかけに過ぎないと思うんだよね。