よくなろう作家に「自分が書きたいものなんか二の次、時流に合わせて書け、金が全て、金が全てだ」みたいな論調のやついるが
昔の俊一がまさにこんな主張してたらしいな
で、世間で認められるようになり、金も貯まりはじめると書かなくなっていった
結局これって自分が本当にやりたいことに蓋をして目を背けている訳で、極めて不誠実じゃないか?
ライターも小説家もやっぱり初期衝動ってのは大事だと思うんだよな
晩年は飲酒喫煙のせいで体力が衰え、政治的な発言も増えて書けなくなっていった津原泰水が、それでも辛うじて何作か遺しているのは、書きたいという意志があったからじゃないかと俺は見ている
俊一の場合、前半生で世間から注目されたいという願望を叶えるためにライター仕事で名を成した
ところが剽窃騒動が浮上してライター仕事が上手くいかなくなると、「金が全て」はどこへやら、自分のやりたいことを見付けるんだとばかりに演劇にのめり込んで金をなくしていった
だから、今「すべては金のためだ」みたいな主張をして羽振りがいいやつも、今後はどうなるかわからんぞ