夢十夜 夏目漱石 第一夜の後半 こういう幻想的なの好きなので気に入ったら全部読んでみてください

女は静かな調子を一段張り上げて、
「百年待っていて下さい」と思い切った声で云った。
「百年、私の墓の傍そばに坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」
 自分はただ待っていると答えた。
 すると、黒い眸ひとみのなかに鮮あざやかに見えた自分の姿が、ぼうっと崩くずれて来た。
 静かな水が動いて写る影を乱したように、流れ出したと思ったら、女の眼がぱちりと閉じた。
 長い睫まつげの間から涙が頬へ垂れた。――もう死んでいた。
 自分はそれから庭へ下りて、真珠貝で穴を掘った。真珠貝は大きな滑なめらかな縁ふちの鋭するどい貝であった。
 土をすくうたびに、貝の裏に月の光が差してきらきらした。湿しめった土の匂においもした。
 穴はしばらくして掘れた。女をその中に入れた。そうして柔らかい土を、上からそっと掛けた。
 掛けるたびに真珠貝の裏に月の光が差した。
 それから星の破片かけの落ちたのを拾って来て、かろく土の上へ乗せた。星の破片は丸かった。
 長い間大空を落ちている間まに、角かどが取れて滑なめらかになったんだろうと思った。
 抱だき上あげて土の上へ置くうちに、自分の胸と手が少し暖くなった。
 自分は苔こけの上に坐った。これから百年の間こうして待っているんだなと考えながら、腕組をして、丸い墓石はかいしを眺めていた。