2ちゃんねる文學賞受賞作全文掲載 (文学界スレにて)

17「約束の木」
君は瓦礫のある道を歩いたことがあるだろうか。
腕を水平にひらいて、転ばないように足もとを見ながら歩くんだ。
ダッシュできないし、方向もすぐには変えられない。こんな不自由な
ものとは思わなかった。ガサガサと耳障りな音もする。片方だけの
バスケットシューズが転がっていた。ヘッドホンのコードが電線にから
みついている。ふだんはじいっと見てはいけないもの、たとえば黒い網タイツ
なんかが瓦礫の間に挟まってるのが見える。
リンゴの木を目指して僕は歩いている。
あの木が君との待ち合わせの場所だ。あの日、約束したのだった。
僕には、はっきりとリンゴの木が見える。君にも夕陽のように赤く熟れた実が
いくつも見えるはずだ。
すると僕の足がクリーニング店の看板を踏んずけた。
瓦礫の道にはよくあることだが看板の下にちょっとした隙間があったらしい。
僕はよろめいた。
そのときリンゴの木が揺れた。風もないのにリンゴの実がいっせいに揺れたのだ。
割れたショーウインドウに映った僕の顔はシュートを待ちうけるゴールキーパーの
ような、びっくりした顔になっていた。
深呼吸すると僕はふたたび歩きだした。今の様子を誰かが見ていなかったろうか
と辺りを見回しながら。
瓦礫の道になれるのはむずかしい。君はもうすぐあの街角を曲がって僕の前に
現れるだろう。君の歩く道に瓦礫はないから、僕の歩き方を見て笑うかもしれない。