快晴だったクリスマスイブは、正午を境に急激に灰色の雲で覆われた。
 大森公園の噴水の周りで遊んでいた子どもたちが、両親に促されるようにダウンジャケットのファスナーを閉め、名残惜しそうに手をひかれ去っていく。
 午前中の暖かな日差しとはうって変わって、ひんやりとした横風がベンチに座ったままうたた寝していた老人の首元を吹き抜けた。
 背もたれにずり落ちそうになりながら腰掛けた老人は、顎と首の境目をなくした大きな頭を前のめりにして熟睡していた。小さな寝息を立て、大きな腹がラクダ色のコートをゆるやかに伸縮させている。
 一見微笑ましいその光景を、射るような目つきで噴水の反対側からじっと見つめ続ける男がいた。
 十二月の曇り空には似つかわしくない薄着、むしろ内包する熱いエネルギーが噴出してくる迫力で、男は老人を仁王立ちのまま睨んでいる。
 全身黒のトレーニングウエアを身にまとった男は、どうやらワークアウトの最中らしかった。体に貼りつくような生地の上からでも容易に確認できるほど、特に上腕筋から広背筋にかけて発達し、盛り上がっていた。
 ただ一点を見つめていた男が、老人めがけて歩き始めた。先程までとは一転して、きょろきょろと周囲を窺うように視線を四方に飛ばしながら。
 男は噴水周りの玉砂利を避け、薄茶色の土と同化したような芝生を静かに踏みながら老人の眠りこけているベンチの前に立った。
 一瞬の躊躇もなく、こくりこくりと前後する丸い頭の前で、男は靴紐を結び直すような動作でしゃがみ込んだ。
 直後、男は眠っている老人のコートの内側に右手を差し入れた。
 その時であった。
 熟睡していたかに思えた老人が、体勢はそのままに、男をぎろりと睨みつけた。
 信じられない殺気に、男は瞬時に両膝をばねのように反応させ、背後に飛び退った。
 男はボクサーのようであった。