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「よく我慢したね。えらいえらい。」
 少女は膝をついたままの自分の頭に手を伸ばした。なでられたのか、頭髪が揺らされる感触が
あった。見ず知らずの子供にそんなことされる筋合いはないが、言われた言葉が自分の記憶と
重なったことに気を取られて、体を動かすこともできなかった。
「それはあげられないけど、代わりに、はい。」
 少女の両手をあわせた中に、茶色の丸い実が爆ぜたものがあった。まじまじと見つめていると、
少女は、ぐいとその両手をこちらの胸に触れそうなほどに差し出してきた。おそるおそるつまみ
上げたら、ようやく満足したように頷いた。
「それ、種だよ。春が来たら植えてね。」
 少女はじゃあね、と言い残すと手を振って駆け出して来た方に戻り、その先の角を曲がっていった。
なんだったんだと独りごちて立ち上がり、受け取った種を目の高さまで持ち上げた。小さい頃、秋の
終わりに祖母とここに墓参りに来ると拾って集めた覚えがある。「よく集めたね」と頭をなでられて、
それが嬉しくてまた集めた。それに、祖母はなにかあるごとに言うのは決まって「えらいえらい」だった。
まさかな。小さく吐いたため息とともに、胸の中に詰まっていたものが抜けていく。寺への相談は、
また今度にしよう。まだ時間はある。椿の種をポケットにしまって、落とさないようにゆっくりと、
確実な足取りで俺は階段を下った。
 数日後、予定されていた開腹手術とそれに続く検査はつつがなく終わった。2週間前の大腸内視鏡検査
で見つかった、悪性と疑わしい腫瘍は、自分の腹を開けてみたらもうちぎれてなくなっていたそうだ。
CT検査でも転移は見られなかった。十日間の入院を終えて帰宅すると俺は真っ先に仏間へ向かい、
雨戸を開けた。仏壇につもった埃の舞い上がるのに、差し込む光が反射してきらきらしている。
蝋燭に火をともし線香を立てて手を合わせるとすぐに、大きなくしゃみが出た。埃のせいだろう。
ちょっと可笑しくなって笑いがこみ上げてきた。自分は生きている、と思った。
 椿の種は3月ごろから植えられるらしい。それまでに準備をしなければ。はやる気持ちで蝋燭を消し、
たゆたう煙の向こうに見える白黒写真の祖母に「ありがとう」と告げた。その笑顔がにじんで見えた。