その4

 緊張が解けたせいだろうか、喉の渇きとともに空腹さえ憶え始めた。
 男はペットボトルの水を飲みながら、戻ったらふもとの集落で蕎麦でも食べるかと鼻歌でも歌うような気分で洞窟を歩いた。
 が、5分ほど進んだところでその足がギクリと止まる。
 ヘッドライトの先に、二又に別れた道が照らしだされていた。
「あれ、おかしいな。こんな場所あったっけ?」
 入って来た時は、ライトで壁を確認しながら慎重に進んできたはずだ。横穴があれば気付かないはずがない。
 だがこちら側から見る二つの通路は、大きく開いて分かれているのではなく、微妙な角度で二方向に向かっている。
 これまでの道も一直線という訳でもなくクネクネと湾曲していた。この暗闇の中を反対方向から歩いてくれば、もう一つの通路が合流していることに気付かず通り過ぎた可能性は否定できなかった。
「どっちが出口なんだ」
 男は両方の道を交互に照らしてみたが、どちらも先は見えない。
「そうだ、足跡だ!」
 男はライトを足元に向けた。地面は固い岩ではなく土埃が堆積している。出口に通じる道には、自分の足跡が残っているはずだ。
 だが明かりの中に映し出されたものに、男は息を飲んだ。
 そこにあったのは、自分一人だけのものではない、乱雑に踏み荒らされた無数の足跡。どちらの通路も同じように大勢の人が出入りしたようで、区別はつかなかった。
 しかも、よく見ると片方の通路からもう片方へと行き来しているかのような痕跡も見える。
「これは……」