その14

 老翁の懇願を、社長は快く引き受けた。元々今回の土地開発にはそれ程乗り気で無かったし、地元の長老から涙を流してまでお願いされれば、断る理由は無かった。地場の一家も、この辺りに住む神様の住処とあらば、手の出しようがなかった。
 そんな訳で、あの横穴は今日も変わらずぽっかりと口を開けているのだった。
 男は、今日も横穴の周りの草刈りをしている。神様が住む横穴と言っても、相変わらず人はほとんど来ない。そしてそんな事実は、忙しく働く人々にとってはさしたる意味を持たなかった。
「おう、ひさしぶりじゃの小僧」
 無心で草を刈っている男の背に、野太い声が飛ぶ。
 男は立ち上がり、声の方向へ振り向く。
「お久しぶりです」
 男の目の前には、白髪で白い髭の老人が立っていた。
「お前のおかげで、住処を追い出されずに済んだわ。礼を言うぞ」
 男は苦笑しながら答える。
「私は何も……。地元の人に話をしただけですよ」
「ほほう。一丁前に謙遜しおって。あの時のアホウが、ちっとはマシになったか」
 そう言って、ガハハと笑う。
「ははは。どうでしょうね。それでも、根っ子の部分は大して変わってませんよ」
 男もまた笑いながら、イタズラっぽく話し掛ける。
「草むしりをしてたら喉が渇いてしまいましてね。図々しくも、お茶を一杯頂けないでしょうか」
 男の言葉に、老人はいよいよ大笑いした。
「フハハッハ! よかろう! この度の礼じゃ! 何杯でも飲んでいけ小僧!」
 男と老人は並んで横穴に入り込む。先を進む老人の背に向けて、男は呟いた。
「あなたに小僧と言われては、返す言葉もありませんよ」
 男の呟きに、老人の肩が楽しそうに揺れる。
「あなたにかかれば、70のジジイでも、アホウな小僧でしょうね……」

 近年、超大型の台風が数多く発生し、上陸した。大雨と暴風は、各所で甚大な災害を発生させた。数多くの尊い命と先祖代々の土地が、土石流に呑まれて消えていった。
 そんな時代にあって、横穴の残るこの山の周辺だけは……。数多くの貴重な動植物が観察できるこの山だけは……。奇跡的に何の災害も起きず、今日も静かに息づいていた。

終わり