ぼくは小説が「実存的」様式であることを認める。
詩が遠い過去から伝わる「叙事詩的」もしくは「叙情詩的」本質を追いかけながら言葉をつむぎだして来たのに対し、
小説はその本質を自分自身によって再定義しながら生き延びて行く様式なのだ。

小説的言語はこの世界に孤独に投げ出され、フィクションとして解釈される存在である。
それは、「実存」と呼ばれる人間の存在とまったく同じだ。
詩は人間の存在を超えて、永遠を歌うが、小説は我々を決して超えることはない。
なぜなら、小説とは我々そのものだからである。


高橋源一郎、「文学王」より