「華燭に火を灯しましょう」

 今宵もまた一夜の夢が開ける。
 ポツ、ポツと赤提灯に火が灯り、やがて数十も連なる赤光となって、宵闇の中浮かび上った。
 太鼓の音と共に門が開く。お歯黒溝を越え、何人もの男たちが気持ち早足で訪れる。
 歓迎する弦楽器の音色を聞きながら、彼らは期待に頬を赤らめる。
「旦那! ウチの店に決めておくれ! 器量良しの娘が揃っているよ!」
「今宵は馴染みの娘と決めている!」
「そう言わず! ね、ね? 近く寄って見るだけでも!」
 やり手婆の掛け声に、通りを抜ける男たちの一人が足を止める。店の中からは、焚かれた沈香や白粉など、女の妖しさを煮詰めたような甘い匂いが漂う。
 男は、くらくらと酩酊したかのような顔付になった。
 そんな彼に、遊女たちが格子越しに艶やかな流し目を呉れる。
「……仕方ない。今宵は特別にこの店にしようか。代わりにお代は勉強してくれよ」
「勿論ですとも! 旦那、さあ、さあ!」
 やり手婆は男の袖を引く。
 他の男たちも一人、また一人と、吸い込まれるように店の中に消えていく。そうして、一夜限りの夢に興じるのだ。
 そんな遊廓の一画に店を構える『白玉屋』を、一人の男が訪れた。
 どこか飄々とした三十路の男で、洒落た大島の羽織と着物を一対で着こなしている。
「やあ婆さん、今宵は白玉屋さんの世話になるよ」
「おや、お前さんか。初音太夫かい?」
「ああ。いつもの部屋に上がらせてもらうよ」
 男は勝手知ったる我が家とばかりに、土間で履物を脱ぐと、木板の廊下を歩き、角にある急斜な階段を一人上っていく。
 やり手婆が後ろから『相も変わらず勝手な男だよ』と、聞こえよがしにぼやくが、気にも留めない。
 男は、二階のある部屋の襖を引く。中は無人だったが、行灯の火は点いていた。
 上座にどっかりと座り込むと、これまた勝手に部屋にあった煙管を吸い出した。