「華燭に火を灯しましょう」

 鈴が白玉屋に来て一年近い歳月が経った。
 顔にはまだ幼さが残るが、体は女らしい丸みを帯び始めている。
 彼女が座敷の行灯に火を灯していると、『駄洒落の軍人さんがいらしたよ!』という、やり手婆の声が響いた。
 鈴はいつものように、玄関まで出向く。丁度、薫大将が上がり框に腰掛けるところだった。
 薫大将は、よいせと風呂敷を下ろす。鈴は、その風呂敷を怪訝そうに見遣った。
 鈴の視線に気付いた薫大将は口を開く。
「今宵は座敷には上がらない。実は、方々の店に顔を出しては、馴染みの女たちに別れの品を配り回っていてね」
「別れの品?」
 鈴はか細い声を上げる。うん、と薫大将は頷いた。
「出兵が決まってね。ご覧、伊勢半の小町紅に、白梅香に、簪に……」
 薫大将は風呂敷を解くと、中身を見せていく。
「勿論、鈴の分もある。……しかし、最後までお前を笑わせられなかったのは心残りだなあ」
 薫大将は苦笑しながら、風呂敷の中の一つの品を指差す。
「ほら、高級な飴を買って来た。どれ――」
 飴を取ろうとした薫大将の袖を鈴が引いた。
 薫大将よりも、袖を引いた本人が、一番驚いた顔をする。
「どうしたね?」
 鈴は視線を揺らし、ややあって薫大将の目を見詰める。表情を崩すと、ぎこちなく笑った。
「ねえ、紅(くれない)をくれない?」