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(「ザ・フェミニズム」(上野千鶴子・小倉千加子、ちくま文庫、2005)より)

p.301(小倉によるあとがき)

さて、この本を読んで怒りのあまり憤死する人が十人はいるだろうと、私は思う。
悪いなとは思うが、フェミニズムは一人一派だから、考え方が対立して当然なのだ。
フェミニストが仲良くRe: Japan みたいになれるという幻想は持たないほうがいい。
明日はある、なんて歌えるだろうか。国が滅んでも、人は生きていく。自分の意見
は誰も代表してくれない。人はみな自分に必要な(都合のいい)フェミニズムを武器
として生きのびればいい。それだけだ。

p.303(上野によるあとがき)

第二に、小倉さんが言うように、フェミニズムは「一人一派」。だって「わたしが
わたしであること」がフェミニズムなんだもの、人の数だけあってあたりまえ。
ある人はこういうが、別の人はああいう。批判されても、ああそういう人もいる
わね、でもわたしは違うって思っていればいい。こういう多様性を認める思想は、
批判しにくいだろうと思う。対するに抵抗勢力の人たちの主張は単純でわかりやすい。
困ったことに、多様性を認める思想と、多様性を認めない思想とが闘うと、後者の
方が単純で声高なだけ、有利に見えちゃうことなんだよね。

でもだいじょうぶ。保守が騒ぐ時代は、保守が危機にあるとき。わたしと小倉さん
がこの対談でしゃべったことの大半は、主義主張よりも現実の変化について。女と
社会の変貌をひきおこしたのは、わたしや彼女じゃない。もっと大きな歴史の力だ。
そしてこの変化は決して後戻りしない。変化した現実から目を背けないでそれに直
面しましょうね、っていうリアリズムにすぎないのだけれど、世の中には、よっぽ
ど自分の気に入らない現実を、見たくない、聞きたくない、と思う人が多いらしい。

何はともあれ、矢はとっくに放たれている。小倉さんとわたしの「一人一派」に、
読者のあなたにもうひとりの「一派」を付け加えてもらえれば、この本の目的は
達せられたことになる。