「恐怖の対象」とは受け手に絶対的な恐怖を与えている、受け手にとって作中恐怖の対象になる絶対の存在の事で
それは絶対だからこそ恐怖の対象たり得る訳で
最初から最後までずっとそれを恐れの対象に出来るものが「恐怖の対象」

「恐怖は慣れる」と言って、まずはゾンビが出て来て
すぐ慣れるからすぐ交代して次は虫が出て来て
また慣れるので今度は狂人が出て来て
なんてやってたら誰もどれも恐怖の対象にならない訳で
慣れるという考え自体がホラーにはそもそもナンセンス
慣れない事が大前提

一つの対象が解決編までずっと猛威をふるっていて絶対でその地位を動かないからこそ恐怖になる訳で
それを指して「恐怖の対象」と呼ぶ

だから恐怖は慣れるとか言って、簡単に恐怖の与え方を変えたり、簡単に恐怖の権化(?自称?)がダウンして交代するような内容しか作れないものはそもそもホラーではない別の何か
同じ問題がずっと主人公の前に立ちはだかっていて梃子でも動かないからこそ恐怖たり得る訳で

慣れると言ってる人の作る作品は、どちらかというと敵こそ主人公への挑戦者的なポジションで
様々な手段でとっかえひっかえ主人公を脅そうとはするがどれも跳ね返されひとつも勝てないという構図になる

要するに全然作り方を知らない素人になる