https://stat.ameba.jp/user_images/20160613/22/tabibito56/ba/9d/j/o0480041513672117790.jpg
https://pbs.twimg.com/media/DRGauIcXkAAGwXn.jpg
https://pbs.twimg.com/media/DRGU-CzWsAEMSAS.jpg

1990年8月29日、プエルトリコのキャピタルスポーツ・プロモーショ ンの事務所内で
ポーゴ、グラン・メンドーサ、エル・プロフィッソ、ホセ・ゴンザレスの4人に襲撃を受け
刃物で下腹部を刺されて意識不明のまま病院に運ばれるという惨事になる(大仁田刺傷事件)。
この事件のためにポーゴ戦は中止。病院も襲撃される危険性を感じた大仁田は傷を負ったままプエルトリコ を脱出し、日本で再入院となる。
当時のプロレスファンの意識では、この事件はブロディ刺殺に関わってい たと言われるゴンザレスが大仁田襲撃のメンバーにいたこともあって、
いわゆる”ガチ”と受け取られ、ファンの怒りがエスカレートしすぎたこともあって、結局ポーゴは週プロ誌上でファンに謝罪することになる。
しかし、ヒールとしても中途半端だったポーゴが一気に突き抜け、大悪党と変身できたのは、この仕掛けに よるものだったのは間違いないであろう。