妥協の話。

日村氏が妥協によって満足が得られるかどうかと闇の話があったんだけれども、
基本的に妥協ってのは、そうせねばならぬからそうする類のものじゃないかと思う。
少なくとも、そのときその瞬間は、そうせねばならぬと判断したから、
ベストではなくベターを(あるいはときにbe worse thanな)選択をしたってことではないか。

仮に、ベストが選択できるシチュエーションであればそうするだろうけれども、
そうできないなにかがそこにあったわけで、妥協というのは本来後悔とは無縁なはずなのです。

が、現実には、過去の妥協についてあれやこれや思い悩み、
あのときこうすればよかった、ああすればよかったと悲しくなったりもする。
それが闇を作るかどうかは別問題だけれど、まあそういうもんです。
でも重要なことは、ここに自分がいる「いま」はすでに当時の情況とは別な世界で、
ここにいる自分ってやつは、たいてい、そのころの情況を忘れてしまっている。
ベースが違うところにいて、過去をいま判断しているわけです。