雨あがりの湿つぽい空気が匂ふ。
彼女は泣くより静かであつた。そして優しく私の額を拭いた。
悲しき姉妹よ!
私はふと去つた彼女の消えがてな一瞬の、
心の美しさが或る静かなる機に於てのみ現すところの相聯の一片影(グリンプス)を、
今この一人の乙女の額に捉へた。
そして彼女らは額の愛の傷痕を、涙で洗ふ生活の日にこそ美しくあるであらう。

- 吉田一穂 「愛の章」 -


Max Richter - On the Nature of Daylight
https://youtu.be/rVN1B-tUpgs