あるとき、町の公衆浴場の前の家の軒先に腰かけてその老人は手製の尺八に手入れをしていた。
普通の尺八の三分の一ぐらいのものを丹念に磨いていた。
ほうぼうを廻るうちによい竹を見付けてそれを切りとりゆっくり時間をかけて作ったのだろう。
もの静かなしぐさで手製の尺八を磨く老人のひとみからは一抹の哀愁が流れていた。
手製の尺八を愛情をこめて磨きながら、寄る年波と世の荒波を思うて
そこはかとない悲しみが湧きあがってくるのだろう。
今はもう亡いが八代市内の叔父に老人のことを話すと、
二十年ばかり前はあの人も堂々としていた、
りゅうとした黒紋付きを着こみ深編笠、白足袋、せったばきだったよ、
よい所の生まれだろうが放とうか何かで家を出たのだろうな、あの人も大分年寄ったものだな、といった。

- 篠原徳義 『妻の上京』 -



酒井松道 - 九州鈴慕
https://youtu.be/upv_b2fcsSY