>>871
「自分を傷つける人をどう愛するのか」というのは
彼女の初期衝動の核心なんでしょうな
おそらく家庭環境に起因するもの

それと同時に、これは彼女がたぶん音楽を通じて
おそらくはバッハの作品、もしかしたら受難曲なんかを通じて得た
彼女固有の世界解釈なのだろうと思います

「相変わらず根底には我慢をする私がいます」
「苦難にある時、登場人物の一人として」というのは、
「受難」とそれを受け入れる信仰のひとの姿と重なる

卑近な生を、はるか超越的などこかにまで伸びた道筋の途上におきたいというのは
笑う人もいるかもしれないが
そういう気分自体は、オレもなんとなくわかります

あまりに遠大すぎて、ひとは「誇大妄想」とか「中二病」とか言うのかもしれんが
まあオレも、たとえばバッハの受難曲が大好きで、
こちらに来てもしんどくなったら何回も聴きなおして自分を建て直したりするから
ただ、オレは仕事するときに邪魔になるので、自分の根におかない

 Sehet-Wen?
 見るのだ 誰を?

というマタイ受難曲で最初に繰り返されるシオンの娘たちの問いかけを
彼女は、まあ、5chでやってるんだろうなと思ってます
蜂子とみか氏のかかわりにも、これがどこかに反響しているように見える
なにもこんなところでやらんでもいいんじゃなかろうかとオレ個人は感じなくもないが
しかし、それこそ初期衝動を明確に意識した場が5chであったりするんでしょうからな
彼女には重大な意味があるんだと思います

だから、いろいろ構図や種類の違いはすっ飛ばして
彼女が目にしているすべての「争い」は、超越した、高い高いところへ向かう
まだまだ修行が足りない人間たちの道行きで
そのなかに自分もおるんだという、独特な居場所のイメージが
彼女にはあるんだろうなと、思ったりします
(すっ飛ばし方がちょっと乱暴なので、たまに、あなた何言ってんの?と名無しやコテから言われたりする)

なかなかこのへんは、多くの人には理解しがたい宗教的心情もからんでるように思うです
彼女は宗教者ではなかろうけれど
そっち系のヲタクでないとちょいと難しい話ですなw
どう表現してよいか迷うんだが

Pやんの件も考えることはあるんだが、また今度