攝津は漠然と芸術家に憧れる型の人間だった。所謂ワナビーというやつである。
攝津に近付くとすれっからし特有の厭な臭いがした。勿論これは、精神的な臭気である。
世の中で芸術家になりたいがなれぬ者ほど惨めな存在はあるまい。
攝津は、ジャズピアニストになりたいという夢を、三十四歳になってもまだ追っていた。
自分で自分を馬鹿だと思えたが、夢追いは止められなかった。
そもそも攝津が労働に入るきっかけは、クレジットカード(複数)でジャズのCDを買い漁り、
その借金が数百万円に上ったからだった。

その時攝津は無職だった。
無職の自分が何故、返すあてもない金を借り続けたのか、ローン地獄から抜けつつある
今はもう攝津自身にも分からぬ。ただ確かなのは、攝津が、この一枚を買えば音楽家に
なれるかも……といった甘い考えを持っていたということである。

無論、何枚CDを買おうと、音楽家になどなれるものではない。
そのことは、攝津自身承知していた。
だが攝津は、高田馬場のMUTOや渋谷のタワーレコード、HMV、或いはAMAZONなどで
CDを買い漁るのを止められなかった。