>>83
の続きです。

ある日、その岩井は服部友和という堅物そうな生徒にちょっかいをかけていて、私に、「おい荒谷。あいつの机に、このエロ本をおいてこい。」と命令して来ました。
私は内心「高校生にもなってイジメかよ」と思い、「そこまですると可哀相だから、止めとこうや」と許否しました。
そして逆に、その服部友和という生徒の立場に同情し、普通に話かけました。
皮肉な事に、その服部友和という生徒は高校時代における、私の数少ない友達の一人になりましたが。
今考えると、岩井のこの当時の要求は、私がマルクス主義の駒として使えるかどうかのテストだったんでしょうね。
マルクス主義というのは、他者への嫌がらせを行えないと、部下以前に、人間としてすら認めてもらえませんからね。
私がそれを許否すると、当然ながらその虐めのターゲットは私に移り、
徐々にその嫌がらせはエスカレートして行きました。
次の日から、その子の煽りで私はクラスで虐められるようになりました。
最初は、学校帰りに「おい荒谷。生駒駅に寄っていけや」と要求してきて、
「毎日、兵庫から奈良まで2時間半かけて学校に通っているのに、そんな時間あるか」と許否すると、突然、人の鞄を奪い、近鉄生駒駅に放り投げたりね。
最初、友達だった福西茂雄という友達や、その子の友達という事で知り合った別のクラスの宮本雅史という生徒も、
その岩井という生徒の煽りで裏切り、私を虐める側に回りました。
元々、正強高校自体がマルクス主義の関係者を親として持つ生徒が放り込まれる場所なので、単に私を裏切ったのは、上から命令を受けただけかもしれませんが。
裏切り方も不自然で、ある日、突然に無視しだすようになったぐらいですからね。