二〇〇二年十月。V&Rのスタッフが出演依頼の電話をかけたとき、母親らしき女性が「あの子は家のマンションから飛び降りて死んだ」と呟いた。
鈴鹿イチ ロー(33)という特殊AV男優が、絶望を背負ってベランダの柵を越え、自らの命を絶った。
生を受けてからひたすら負けて、屈折に屈折を重ねて、徹底的に 後ろ向きであり続けた男の悲惨な結末だった。
無職で恋人を一度ももったことがなかった。毎晩、巨乳ビデオを借りてオナニーする。それだけが女との接点だっ た。
揺れる乳を触ってみたくて、どうしても柔らかいあの乳に顔を埋めたくて、AV男優になろうと決意したとき、AV界のイチローになろうとイチローという 名前をつけた。
飛び降りたのは十五階建て高層マンションの最上階、黒いアスファルトに頭から落ちて即死だった。
早朝五時近くの出来事だった。誰にも気づか れることなく、孤独に自殺したのである。
鈴鹿イチローはAV男優になっても一発すらセックスできず、絶対に夢や理想や希望が叶うことのない
この世界を呪って、仕事も友達も恋人も楽しかった思い出もなにもなく、溢れんばかりの大きな絶望だけを抱えて、この世から消えていったのだった。