医者を諦めてから、まったくヤリたいことは見つからなかった。目標ないままあるメーカーに就職した。
また妥協の選択だった。営業部に配属され一日で嫌に なり、一週間後に「なんでこんな仕事をせなあかんのや」と上司に叫んで辞めてしまった。
人に頭を下げるような低いレベルの人間でない、鈴鹿はそう思ってい た。会社を辞める頃、頭がハゲてきた。
シャンプーすると毛がゴッソリ抜け、だんだんと頭皮が見えてくる。ハゲは女にバカにされる。
ハゲは嫌いという女の声 が四方八方から聞こえ、勝者になれぬうちにハゲてきたことに焦った。
不幸な運命を呪った。女にモテる目標をもつことすら困難になり、新しい職業も見つから ず、家に引きこもるようになった。
鈴鹿の趣味は、貯金とゲームである。バイト代や親からのお小遣いを一銭も使わず貯めて、通帳を眺めて少しづつ増えていく 数字を眺めてささやかな優越感に浸っていた。
貯金好きの鈴鹿は、本当にケチだった。竹本シンゴがプライベートで神戸に遊びに来て会ったとき、「オマエ、奢 れよ」と言われたことがあった。
清水の舞台から飛び降りる思いで、駅前の立ち食いソバ屋に竹本を連れていき、なにが食べたいかを聞かず、百八十円のかけう どんを注文した。
鈴鹿イチローは自分のぶんと、三百六十円を支払った。
長年無職が続き、焦っていた。すべてを一発逆転できる職業への憧れが強まった。職歴ない若ハゲという弱者が逆転できるのは、有名人しかなかった。
歌手か タレントになって誰もが知る存在になり、一刻も早く屈折だらけの人生にピリオドを打ちたかった。
雑誌を立ち読みして、芸能事務所やテレビ局のオーディショ ンの宛先に応募した。ハゲている。成功を手に入れたいと一通、一通、合格してデビューする想像をしながら、
書類を記述したが、ジャニーズのようなアイドル 系は名前すら読まれることなく秒殺で書類落ち、俳優系もいくら送っても連絡は来なかった。
歌も喋りもどちらかといえば苦手で、鈴鹿は最後の希望も実現はあ まりにも厳しかった。どれだけ落選しても、目立ちたいという情念は強まるばかりだった。
テレビ番組のエキストラや素人企画にも送り、少しでも自分が画面に 映った場面を録画して、テープがすり切れるほど眺めるのが好きだった。