『謝肉祭』
少年は村はずれに住む女性をババと呼んで慕っていた。

千年ほど前、宗教弾圧で逃れてきた一派が隠れ住んだ山あいの谷に集落を造り、
現在まで他と交わることもなく、ひっそりと生きながらえてきていた。
家畜の育ちも悪く、作物の実りも少ない、この不毛の土地で滅びずにいたのは、
代々、厳しい教えと儀式を守ってきた信仰による加護だと、村人たちは誰しもが思っていた。
村人の数は少なく、同じ年頃の遊び友達もいない少年は、
いつものようにババの所へ行き遊んでいた。
「断食のときはつらいね。ババはお腹空いてない?」
「そうだね。でもババは大丈夫…、特別に食べてもいいんだよ」
ババと呼ばれた女性は少年に笑みを返す。

断食の期間が終ると、村人全員が集まり食卓を並べキャンドルに灯をともし、年に一度の宴が始まる。
席に着いた村人たちを前にし、村長が立ち上がり音頭をとる。
「主よ、我らに糧をお与えくださり感謝いたします。信仰と繁栄を!」
村人たちも一斉に村長の言葉に続く。
「信仰と繁栄を!」
そして、厳かに食事が始まる。
真っ赤なぶどう酒にステーキ、サラダとおもむろに口に運ぶ。
そんな中、あの少年が一人キョロキョロと見回し、なにやらブツブツ言っている。
「これ、食事の時は静かになさい」
隣りの席の男性が戒める。が、少年は口を開く。
「はい、でも……、ババがいないの。ババはどこ?」
村人たちは一瞬、少年に目をやるが、また黙々と食事を続けた。