大麻が解禁された地域や、大麻について理解のある地域では、
酔いの理解が進んでいる。個人の酔いに関して寛容になるということだ。

そうなると、LSD、覚せい剤、コカイン、その他なんでも良いが、
個人使用に関しても寛容になる。つまり様々な意識状態に寛容になる。

では、今の社会では様々な意識状態に寛容か?実は寛容かを問う以前に、
すでに容認している。認知症、変人、知的障害、気の病など。
しかし、忘れてはいけないのは、自分自身がどんな意識状態にあるのか?だ。

洗脳されている人々は自分自身が洗脳されていると思わず、
他者があたかも洗脳されているのだ!という思考パターンを取る。
つまり正常性を主張する。これが実は症状である。

多数派か?少数派か?の違いだけなのだが、この数のバランスが、
今日、勝手に多様化してしまっているので、多数派の拠り所がなくなってしまった。
そうなると人々は自前で心の拠り所を探すようになる。

探す対象は、ネットにも、書籍にもどこにもない。
空っぽの自分を見つめ直すことしかないことに気づくわけだ。
そこで、不足を補うように、人々は瞑想をしだす。

これが薬物という形に現れるのは理にかなってるわけだ。