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マリノスタウン跡地にアンパンマンミュージアム建設 [無断転載禁止]©2ch.net
レス数が1000を超えています。これ以上書き込みはできません。
0001名無しさん@120分待ち垢版2016/03/29(火) 09:29:56.69ID:EDQIZNt/
新たにマリノスタウン跡地に横浜アンパンマンミュージアムが建設される
ことになった。延床面積10000平方の4階建てで29年8月に着工、31年4月に
オープン予定になっています。国内にあるアンパンマンミュージアムとし
ては最大級の大きさになる。
0002名無しさん@120分待ち垢版2016/03/29(火) 09:56:30.96ID:EDQIZNt/
横浜アンパンマンミュージアムの詳細
4階建 高さ約20m 延床面積1万平米
1階 エントランス・駐車場
2階 無料商業モール
3階 有料ミュージアム
年間集客数 約300万人
0003名無しさん@120分待ち垢版2016/03/29(火) 15:18:06.25ID:P/h1Za6P
すでに横浜にはアンパンマンミュージアムあるんじゃないの?
0005名無しさん@120分待ち垢版2016/03/29(火) 15:21:55.06ID:P/h1Za6P
できればみんな無料エリアにしてほしい
一万平米ってテーマパークとしては
小さくなう?
0006名無しさん@120分待ち垢版2016/03/29(火) 15:38:46.47ID:P/h1Za6P
横浜から横浜に移転かよ
0007名無しさん@120分待ち垢版2016/03/29(火) 19:15:53.50ID:EDQIZNt/
>>6
現在ある横浜のミュージアムは2017年で建物の借地契約が切れます。この時点で
ミュージアムを閉鎖する予定でしたが、あまりにも人気があり、恒久施設として
同じ横浜に移転するために、すぐ近くの広大な土地に建設するのです。
0008名無しさん@120分待ち垢版2016/03/29(火) 19:27:46.75ID:EDQIZNt/
>>5
土地は現在の横浜ミュージアムより若干小さいようです。しかし延床面積では
現在の施設より大きいようです。
経営のこともあるのでしょうが、現在と同等の施設として考えているのでしょ
う。しかし全国にあるアンパンマンミュージアムの中では一番施設が大きいよ
うです。
個人的には、マリノスタウンの空き地に施設を建てるのですが、募集した土地
のたった7パーセント土地しか借りないようです。土地は充分あるので、もっ
と、もっと大きな施設をつくってもよかったのではないでしょうか?
0009名無しさん@120分待ち垢版2016/03/30(水) 09:41:38.70ID:0/vW6uoY
これでみなとみらいはミュージアムだらけになったな
アンパンマンミュージアム
カップヌードルミュージアム
大自然超体感ミュージアムオービィ横浜
横浜マリタイムミュージアム
三菱みなとみらい技術館
原鉄道模型博物館

みなとみらいは遊園地もあるし、美術館もあるし、動物園もある
0010名無しさん@120分待ち垢版2016/04/15(金) 01:25:31.31ID:lgQoO5Qw
ヘアサロンの金髪のばばあ感じ悪かった
口くせーし目やに汚ないカット下手くそ
床屋辞めろ
クレーム出したのにまだいるよ
0011名無しさん@120分待ち垢版2016/05/13(金) 08:27:27.86ID:fFY+F2xn
神戸のアンパンマンミュージアム、とんでもねーぞ!
来週の木曜日、午後から入場客を追い出して、スタッフや身内の関係者だけでドンチャン騒ぎのパーティーをするんだと。
まだ熊本災害も終息してないのに、不謹慎極まりねーよ!
0015名無しさん@120分待ち垢版2016/05/16(月) 19:47:03.89ID:wa5Clme4
横浜の野毛山にセーラームーンミュージアムさえできたら、
京急電鉄と相模鉄道は美少女戦士セーラームーンと神風怪盗ジャンヌの電車を、
京急はこれに加えフレッシュプリキュアからGO!プリンセスプリキュア、魔法つかいプリキュアの電車を、
京急・横浜市営・神奈中・相鉄のシャトルバス専用車両はセーラー戦士(京急はこれに加えフレッシュ以降のプリキュア)を
描いた車両走らせてもらいたいよ
京急バスの公式サイトではアンパンマンミュージアムのことについて触れているものの、
京急バス・川崎鶴見臨港バス・相鉄バスではアンパンマンバスを走らせていないからな
0018名無しさん@120分待ち垢版2017/02/14(火) 23:12:46.29ID:KJXDZikr
日産自動車栃木工場上三川寮 管理人は合鍵を使い従業員の部屋に無断で侵入。 抜き打ちで従業員の私物を全て調べるブラックの中のブラック企業。
0019名無しさん@120分待ち垢版2017/06/06(火) 14:56:54.93ID:oL8AotbN
2ちゃんねる愛用の方々にお知らせ
栃木県上三川町3-5-2
日産自動車上三川寮
管理人は合鍵を使い従業員の部屋に無断で侵入。 さ
抜き打ちで従業員の私物を全て調べるブラックの中のブラック企業。
期間工が看護師を殺害する事件もあった危険企業。
期間工に不審な攻撃を加えたとされる悪の一味。
主な悪人は日産栃木工場塗装課の長谷川、宮崎、瀬尾、照井、柏倉。

このコピペによる日産の悪事の拡散は

「柏倉真一」

を筆頭に日産正社員の断固たる要望である。自分は不自然に感じている。



0647 FROM名無しさan 2017/06/01 21:21:43
いいからこんなとこで油売ってないで早く100万コピペ達成してこいよwww
ほら早よ行けやホラホラwww
返信 ID:bEv8YiM0(7/7)

↑↑このように必死で日産の悪事を拡散しろと煽っている。俺は脳無しで馬鹿なので日産正社員が日産悪事を公表するように煽ってきた理由が分からない。不本意ながらコピペを続けている。
返信 ID:KcSIPAOM0
0020名無しさん@120分待ち垢版2018/03/05(月) 18:56:45.35ID:4WXLQ82m
知り合いから教えてもらったPCさえあれば幸せ小金持ちになれるノウハウ
暇な人は見てみるといいかもしれません
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MOH28
0025名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:01:03.97ID:tjH3njgV
誰もまだそこへ来ない何秒かの間、慎太郎は大声に名を呼びながら、もう息の絶えた母の顔に、食い入るような眼を注いでいた。
0031名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:02:38.45ID:tjH3njgV
この間に桜の散っていること、鶺鴒の屋根へ来ること、射的に七円五十銭使ったこと、田舎芸者のこと、安来節芝居に驚いたこと、蕨狩りに行ったこと、消防の演習を見たこと、蟇口を落したことなどを記せる十数行あり。)
0034名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:03:25.65ID:tjH3njgV
ただこの話を聞いた時にちょうど小説か何か読んだような心もちになったと言うだけのことです。
0038名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:04:28.68ID:tjH3njgV
しかし身の丈六尺五寸、体重三十七貫と言うのですから、太刀山にも負けない大男だったのです。
0045名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:06:18.86ID:tjH3njgV
けれども半之丞に関する話はどれも多少可笑しいところを見ると、あるいはあらゆる大男並に総身に智慧が廻り兼ねと言う趣があったのかも知れません。
0047名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:06:50.36ID:tjH3njgV
わたしの宿の主人の話によれば、いつか凩の烈しい午後にこの温泉町を五十戸ばかり焼いた地方的大火のあった時のことです。
0057名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:09:27.77ID:tjH3njgV
それから麦畑をぐるぐる廻る、鍵の手に大根畑を走り抜ける、蜜柑山をまっ直に駈け下りる、――
0058名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:09:43.53ID:tjH3njgV
とうとうしまいには芋の穴の中へ大男の半之丞を振り落したまま、どこかへ行ってしまいました。
0066名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:11:49.57ID:tjH3njgV
いや、五百円の金を貰ったのではない、二百円は死後に受けとることにし、差し当りは契約書と引き換えに三百円だけ貰ったのです。
0067名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:12:05.20ID:tjH3njgV
ではその死後に受けとる二百円は一体誰の手へ渡るのかと言うと、何でも契約書の文面によれば、「遺族または本人の指定したるもの」
0069名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:12:36.59ID:tjH3njgV
実際またそうでもしなければ、残金二百円云々は空文に了るほかはなかったのでしょう、何しろ半之丞は妻子は勿論、親戚さえ一人もなかったのですから。
0075名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:14:11.30ID:tjH3njgV
当時は今ほど東京風にならず、軒には糸瓜なども下っていたそうですから、女も皆田舎じみていたことでしょう。
0079名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:15:14.32ID:tjH3njgV
の字亭のお上の話によれば、色の浅黒い、髪の毛の縮れた、小がらな女だったと言うことです。
0081名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:15:45.69ID:tjH3njgV
就中妙に気の毒だったのはいつも蜜柑を食っていなければ手紙一本書けぬと言う蜜柑中毒の客の話です。
0083名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:16:17.16ID:tjH3njgV
ただ半之丞の夢中になっていたお松の猫殺しの話だけはつけ加えておかなければなりません。
0086名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:17:04.41ID:tjH3njgV
のお上と言うのは元来猫が嫌いだったものですから、苦情を言うの言わないのではありません。
0095名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:19:26.06ID:tjH3njgV
何しろ背広は着て歩いていても、靴の出来上って来た時にはもうその代も払えなかったそうです。
0098名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:20:13.14ID:tjH3njgV
の字軒の主人の話によれば、靴屋は半之丞の前に靴を並べ、「では棟梁、元値に買っておくんなさい。
0103名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:21:31.75ID:tjH3njgV
この町の人々には誰に聞いて見ても、半之丞の靴をはいているのは一度も見かけなかったと言っていますから。
0105名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:22:03.15ID:tjH3njgV
それから一月とたたないうちに今度はせっかくの腕時計や背広までも売るようになって来ました。
0106名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:22:18.82ID:tjH3njgV
ではその金はどうしたかと言えば、前後の分別も何もなしにお松につぎこんでしまったのです。
0108名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:22:50.29ID:tjH3njgV
の字のお上の話によれば、元来この町の達磨茶屋の女は年々夷講の晩になると、客をとらずに内輪ばかりで三味線を弾いたり踊ったりする、その割り前の算段さえ一時はお松には苦しかったそうです。
0110名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:23:21.79ID:tjH3njgV
何しろお松は癇癪を起すと、半之丞の胸ぐらをとって引きずり倒し、麦酒罎で擲りなどもしたものです。
0116名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:24:55.98ID:tjH3njgV
田園的嫉妬の表白としてさもあらんとは思わるれども、この間に割愛せざるべからざる数行あり)
0126名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:27:33.55ID:tjH3njgV
嵩は半紙の一しめくらいある、が、目かたは莫迦に軽い、何かと思ってあけて見ると、「朝日」
0127名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:27:49.33ID:tjH3njgV
の二十入りの空き箱に水を打ったらしい青草がつまり、それへ首筋の赤い蛍が何匹もすがっていたと言うことです。
0129名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:28:20.87ID:tjH3njgV
の空き箱には空気を通わせるつもりだったと見え、べた一面に錐の穴をあけてあったと云うのですから、やはり半之丞らしいのには違いないのですが。
0137名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:30:26.87ID:tjH3njgV
しかしわたしの宿の主人が切抜帖に貼っておいた当時の新聞に載っていたものですから、大体間違いはあるまいと思います。
0138名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:30:42.61ID:tjH3njgV
「わたくし儀、金がなければお前様とも夫婦になれず、お前様の腹の子の始末も出来ず、うき世がいやになり候間、死んでしまいます。
0165名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:37:47.35ID:tjH3njgV
と言う共同風呂がある、その温泉の石槽の中にまる一晩沈んでいた揚句、心臓痲痺を起して死んだのです。
0166名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:38:03.09ID:tjH3njgV
の字軒の主人の話によれば、隣の煙草屋の上さんが一人、当夜かれこれ十二時頃に共同風呂へはいりに行きました。
0167名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:38:18.75ID:tjH3njgV
この煙草屋の上さんは血の道か何かだったものですから、宵のうちにもそこへ来ていたのです。
0169名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:38:50.29ID:tjH3njgV
が、今もまだはいっている、これにはふだんまっ昼間でも湯巻一つになったまま、川の中の石伝いに風呂へ這って来る女丈夫もさすがに驚いたと言うことです。
0170名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:39:06.10ID:tjH3njgV
のみならず半之丞は上さんの言葉にうんだともつぶれたとも返事をしない、ただ薄暗い湯気の中にまっ赤になった顔だけ露わしている、それも瞬き一つせずにじっと屋根裏の電燈を眺めていたと言うのですから、無気味だったのに違いありません。
0174名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:40:08.98ID:tjH3njgV
半之丞はこの独鈷の前にちゃんと着物を袖だたみにし、遺書は側の下駄の鼻緒に括りつけてあったと言うことです。
0175名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:40:24.76ID:tjH3njgV
何しろ死体は裸のまま、温泉の中に浮いていたのですから、若しその遺書でもなかったとすれば、恐らくは自殺かどうかさえわからずにしまったことでしょう。
0177名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:40:56.26ID:tjH3njgV
の字病院へ売り渡した以上、解剖用の体に傷をつけてはすまないと思ったからに違いないそうです。
0184名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:42:46.36ID:tjH3njgV
の字さんと狭苦しい町を散歩する次手に半之丞の話をしましたから、そのことをちょっとつけ加えましょう。
0186名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:43:17.76ID:tjH3njgV
の字さんはカメラをぶら下げたまま、老眼鏡をかけた宿の主人に熱心にこんなことを尋ねていました。
0205名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:48:16.68ID:tjH3njgV
その枝に半ば遮られた、埃だらけの硝子窓の中にはずんぐりした小倉服の青年が一人、事務を執っているのが見えました。
0208名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:49:03.98ID:tjH3njgV
その青年が片頬に手をやったなり、ペンが何かを動かしている姿は妙に我々には嬉しかったのです。
0209名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:49:19.72ID:tjH3njgV
しかしどうも世の中はうっかり感心も出来ません、二三歩先に立った宿の主人は眼鏡越しに我々を振り返ると、いつか薄笑いを浮かべているのです。
0233名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:55:37.50ID:tjH3njgV
恥を知らない太陽の光は、再び薔薇に返って来た真昼の寂寞を切り開いて、この殺戮と掠奪とに勝ち誇っている蜘蛛の姿を照らした。
0234名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:55:53.25ID:tjH3njgV
灰色の繻子に酷似した腹、黒い南京玉を想わせる眼、それから癩を病んだような、醜い節々の硬まった脚、――
0238名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:56:56.06ID:tjH3njgV
その内に雌蜘蛛はある真昼、ふと何か思いついたように、薔薇の葉と花との隙間をくぐって、一つの枝の先へ這い上った。
0241名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:57:43.20ID:tjH3njgV
と同時にまっ白な、光沢のある無数の糸が、半ばその素枯れた莟をからんで、だんだん枝の先へまつわり出した。
0242名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:57:58.96ID:tjH3njgV
しばらくの後、そこには絹を張ったような円錐形の嚢が一つ、眩いほどもう白々と、真夏の日の光を照り返していた。
0244名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:58:30.28ID:tjH3njgV
それからまた嚢の口へ、厚い糸の敷物を編んで、自分はその上に座を占めながら、さらにもう一天井、紗のような幕を張り渡した。
0245名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:58:46.05ID:tjH3njgV
幕はまるで円頂閣のような、ただ一つの窓を残して、この獰猛な灰色の蜘蛛を真昼の青空から遮断してしまった。
0246名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:59:01.81ID:tjH3njgV
産後の蜘蛛は、まっ白な広間のまん中に、痩せ衰えた体を横たえたまま、薔薇の花も太陽も蜂の翅音も忘れたように、たった一匹兀々と、物思いに沈んでいるばかりであった。
0248名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:59:33.35ID:tjH3njgV
それを誰より先に気づいたのは、あの白い広間のまん中に、食さえ断って横わっている、今は老い果てた母蜘蛛であった。
0249名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 02:59:49.10ID:tjH3njgV
蜘蛛は糸の敷物の下に、いつの間にか蠢き出した、新らしい生命を感ずると、おもむろに弱った脚を運んで、母と子とを隔てている嚢の天井を噛み切った。
0251名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:00:20.71ID:tjH3njgV
と云うよりはむしろその敷物自身が、百十の微粒分子になって、動き出したとも云うべきくらいであった。
0252名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:00:36.47ID:tjH3njgV
仔蜘蛛はすぐに円頂閣の窓をくぐって、日の光と風との通っている、庚申薔薇の枝へなだれ出した。
0255名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:01:23.52ID:tjH3njgV
そうしてさらにまたある一団は、縦横に青空を裂いている薔薇の枝と枝との間へ、早くも眼には見えないほど、細い糸を張り始めた。
0256名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:01:39.18ID:tjH3njgV
もし彼等に声があったら、この白日の庚申薔薇は、梢にかけたヴィオロンが自ら風に歌うように、鳴りどよんだのに違いなかった。
0260名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:02:41.97ID:tjH3njgV
無数の仔蜘蛛を生んだ雌蜘蛛はそう云う産所と墓とを兼ねた、紗のような幕の天井の下に、天職を果した母親の限りない歓喜を感じながら、いつか死についていたのであった。――
0264名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:03:44.86ID:tjH3njgV
ある曇った日の午後、私はその展覧会の各室を一々叮嚀に見て歩いて、ようやく当時の版画が陳列されている、最後の一室へはいった時、そこの硝子戸棚の前へ立って、古ぼけた何枚かの銅版画を眺めている一人の紳士が眼にはいった。
0265名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:04:00.64ID:tjH3njgV
紳士は背のすらっとした、どこか花車な所のある老人で、折目の正しい黒ずくめの洋服に、上品な山高帽をかぶっていた。
0266名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:04:16.40ID:tjH3njgV
私はこの姿を一目見ると、すぐにそれが四五日前に、ある会合の席上で紹介された本多子爵だと云う事に気がついた。
0267名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:04:32.15ID:tjH3njgV
が、近づきになって間もない私も、子爵の交際嫌いな性質は、以前からよく承知していたから、咄嗟の間、側へ行って挨拶したものかどうかを決しかねた。
0268名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:04:47.91ID:tjH3njgV
すると本多子爵は、私の足音が耳にはいったものと見えて、徐にこちらを振返ったが、やがてその半白な髭に掩われた唇に、ちらりと微笑の影が動くと、心もち山高帽を持ち上げながら、「やあ」
0270名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:05:19.45ID:tjH3njgV
私はかすかな心の寛ぎを感じて、無言のまま、叮嚀にその会釈を返しながら、そっと子爵の側へ歩を移した。
0271名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:05:35.22ID:tjH3njgV
本多子爵は壮年時代の美貌が、まだ暮方の光の如く肉の落ちた顔のどこかに、漂っている種類の人であった。
0272名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:05:50.98ID:tjH3njgV
が、同時にまたその顔には、貴族階級には珍らしい、心の底にある苦労の反映が、もの思わしげな陰影を落していた。
0273名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:06:06.73ID:tjH3njgV
私は先達ても今日の通り、唯一色の黒の中に懶い光を放っている、大きな真珠のネクタイピンを、子爵その人の心のように眺めたと云う記憶があった。……
0278名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:07:25.42ID:tjH3njgV
雲母のような波を刻んでいる東京湾、いろいろな旗を翻した蒸汽船、往来を歩いて行く西洋の男女の姿、それから洋館の空に枝をのばしている、広重めいた松の立木――
0279名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:07:41.19ID:tjH3njgV
そこには取材と手法とに共通した、一種の和洋折衷が、明治初期の芸術に特有な、美しい調和を示していた。
0282名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:08:28.21ID:tjH3njgV
私が再び頷きながら、この築地居留地の図は、独り銅版画として興味があるばかりでなく、牡丹に唐獅子の絵を描いた相乗の人力車や、硝子取りの芸者の写真が開化を誇り合った時代を思い出させるので、一層懐しみがあると云った。
0283名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:08:43.97ID:tjH3njgV
子爵はやはり微笑を浮べながら、私の言を聞いていたが、静にその硝子戸棚の前を去って、隣のそれに並べてある大蘇芳年の浮世絵の方へ、ゆっくりした歩調で歩みよると、
0287名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:09:46.69ID:tjH3njgV
あの江戸とも東京ともつかない、夜と昼とを一つにしたような時代が、ありありと眼の前に浮んで来るようじゃありませんか。」
0288名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:10:02.34ID:tjH3njgV
私は本多子爵が、今でこそ交際嫌いで通っているが、その頃は洋行帰りの才子として、官界のみならず民間にも、しばしば声名を謳われたと云う噂の端も聞いていた。
0289名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:10:18.08ID:tjH3njgV
だから今、この人気の少い陳列室で、硝子戸棚の中にある当時の版画に囲まれながら、こう云う子爵の言を耳にするのは、元より当然すぎるほど、ふさわしく思われる事であった。
0290名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:10:33.82ID:tjH3njgV
が、一方ではまたその当然すぎる事が、多少の反撥を心に与えたので、私は子爵の言が終ると共に、話題を当時から引離して、一般的な浮世絵の発達へ運ぼうと思っていた。
0291名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:10:49.62ID:tjH3njgV
しかし本多子爵は更に杖の銀の握りで、芳年の浮世絵を一つ一つさし示しながら、相不変低い声で、
0292名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:11:05.38ID:tjH3njgV
「殊に私などはこう云う版画を眺めていると、三四十年前のあの時代が、まだ昨日のような心もちがして、今でも新聞をひろげて見たら、鹿鳴館の舞踏会の記事が出ていそうな気がするのです。
0293名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:11:21.16ID:tjH3njgV
実を云うとさっきこの陳列室へはいった時から、もう私はあの時代の人間がみんなまた生き返って、我々の眼にこそ見えないが、そこにもここにも歩いている。――
0296名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:12:08.45ID:tjH3njgV
殊に今の洋服を着た菊五郎などは、余りよく私の友だちに似ているので、あの似顔絵の前に立った時は、ほとんど久闊を叙したいくらい、半ば気味の悪い懐しささえ感じました。
0298名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:12:39.86ID:tjH3njgV
本多子爵はわざと眼を外らせながら、私の気をかねるように、落着かない調子でこう云った。
0299名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:12:55.52ID:tjH3njgV
私は先達子爵と会った時に、紹介の労を執った私の友人が、「この男は小説家ですから、何か面白い話があった時には、聞かせてやって下さい。」
0301名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:13:26.95ID:tjH3njgV
また、それがないにしても、その時にはもう私も、いつか子爵の懐古的な詠歎に釣りこまれて、出来るなら今にも子爵と二人で、過去の霧の中に隠れている「一等煉瓦」
0305名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:14:29.98ID:tjH3njgV
子爵の言につれて我々は、陳列室のまん中に据えてあるベンチへ行って、一しょに腰を下ろした。
0307名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:15:01.46ID:tjH3njgV
ただ、周囲には多くの硝子戸棚が、曇天の冷い光の中に、古色を帯びた銅版画や浮世絵を寂然と懸け並べていた。
0309名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:15:32.98ID:tjH3njgV
のような陳列室を見渡していたが、やがて眼を私の方に転じると、沈んだ声でこう語り出した。
0310名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:15:48.76ID:tjH3njgV
「その友だちと云うのは、三浦直樹と云う男で、私が仏蘭西から帰って来る船の中で、偶然近づきになったのです。
0311名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:16:04.54ID:tjH3njgV
年は私と同じ二十五でしたが、あの芳年の菊五郎のように、色の白い、細面の、長い髪をまん中から割った、いかにも明治初期の文明が人間になったような紳士でした。
0312名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:16:20.28ID:tjH3njgV
それが長い航海の間に、いつとなく私と懇意になって、帰朝後も互に一週間とは訪問を絶やした事がないくらい、親しい仲になったのです。
0313名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:16:35.92ID:tjH3njgV
「三浦の親は何でも下谷あたりの大地主で、彼が仏蘭西へ渡ると同時に、二人とも前後して歿くなったとか云う事でしたから、その一人息子だった彼は、当時もう相当な資産家になっていたのでしょう。
0314名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:16:51.58ID:tjH3njgV
私が知ってからの彼の生活は、ほんの御役目だけ第x銀行へ出るほかは、いつも懐手をして遊んでいられると云う、至極結構な身分だったのです。
0315名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:17:07.34ID:tjH3njgV
ですから彼は帰朝すると間もなく、親の代から住んでいる両国百本杭の近くの邸宅に、気の利いた西洋風の書斎を新築して、かなり贅沢な暮しをしていました。
0316名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:17:23.10ID:tjH3njgV
「私はこう云っている中にも、向うの銅板画の一枚を見るように、その部屋の有様が歴々と眼の前へ浮んで来ます。
0317名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:17:38.74ID:tjH3njgV
大川に臨んだ仏蘭西窓、縁に金を入れた白い天井、赤いモロッコ皮の椅子や長椅子、壁に懸かっているナポレオン一世の肖像画、彫刻のある黒檀の大きな書棚、鏡のついた大理石の煖炉、それからその上に載っている父親の遺愛の松の盆栽――
0318名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:17:54.49ID:tjH3njgV
すべてがある古い新しさを感じさせる、陰気なくらいけばけばしい、もう一つ形容すれば、どこか調子の狂った楽器の音を思い出させる、やはりあの時代らしい書斎でした。
0319名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:18:10.14ID:tjH3njgV
しかもそう云う周囲の中に、三浦はいつもナポレオン一世の下に陣取りながら、結城揃いか何かの襟を重ねて、ユウゴオのオリアンタアルでも読んで居ようと云うのですから、いよいよあすこに並べてある銅板画にでもありそうな光景です。
0320名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:18:25.86ID:tjH3njgV
そう云えばあの仏蘭西窓の外を塞いで、時々大きな白帆が通りすぎるのも、何となくもの珍しい心もちで眺めた覚えがありましたっけ。
0321名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:18:41.64ID:tjH3njgV
「三浦は贅沢な暮しをしているといっても、同年輩の青年のように、新橋とか柳橋とか云う遊里に足を踏み入れる気色もなく、ただ、毎日この新築の書斎に閉じこもって、銀行家と云うよりは若隠居にでもふさわしそうな読書三昧に耽っていたのです。
0322名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:18:57.40ID:tjH3njgV
これは勿論一つには、彼の蒲柳の体質が一切の不摂生を許さなかったからもありましょうが、また一つには彼の性情が、どちらかと云うと唯物的な当時の風潮とは正反対に、人一倍純粋な理想的傾向を帯びていたので、
0324名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:19:28.90ID:tjH3njgV
実際模範的な開化の紳士だった三浦が、多少彼の時代と色彩を異にしていたのは、この理想的な性情だけで、ここへ来ると彼はむしろ、もう一時代前の政治的夢想家に似通っている所があったようです。
0325名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:19:44.67ID:tjH3njgV
「その証拠は彼が私と二人で、ある日どこかの芝居でやっている神風連の狂言を見に行った時の話です。
0326名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:20:00.43ID:tjH3njgV
たしか大野鉄平の自害の場の幕がしまった後だったと思いますが、彼は突然私の方をふり向くと、『君は彼等に同情が出来るか。』
0328名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:20:31.96ID:tjH3njgV
私は元よりの洋行帰りの一人として、すべて旧弊じみたものが大嫌いだった頃ですから、『いや一向同情は出来ない。
0329名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:20:47.73ID:tjH3njgV
廃刀令が出たからと云って、一揆を起すような連中は、自滅する方が当然だと思っている。』
0330名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:21:03.52ID:tjH3njgV
と、至極冷淡な返事をしますと、彼は不服そうに首を振って、『それは彼等の主張は間違っていたかもしれない。
0332名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:21:34.98ID:tjH3njgV
そこで私がもう一度、『じゃ君は彼等のように、明治の世の中を神代の昔に返そうと云う子供じみた夢のために、二つとない命を捨てても惜しくないと思うのか。』
0333名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:21:50.63ID:tjH3njgV
と、笑いながら反問しましたが、彼はやはり真面目な調子で、『たとい子供じみた夢にしても、
0336名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:22:37.76ID:tjH3njgV
その時はこう云う彼の言も、単に一場の口頭語として、深く気にも止めませんでしたが、今になって思い合わすと、実はもうその言の中に傷しい後年の運命の影が、煙のように這いまわっていたのです。
0338名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:23:09.18ID:tjH3njgV
「何しろ三浦は何によらず、こう云う態度で押し通していましたから、結婚問題に関しても、『僕は愛のない結婚はしたくはない。』
0340名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:23:40.69ID:tjH3njgV
しかもそのまた彼の愛なるものが、一通りの恋愛とは事変って、随分彼の気に入っているような令嬢が現れても、『どうもまだ僕の心もちには、不純な所があるようだから。』
0342名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:24:12.21ID:tjH3njgV
それが側で見ていても、余り歯痒い気がするので、時には私も横合いから、『それは何でも君のように、隅から隅まで自分の心もちを点検してかかると云う事になると、行住坐臥さえ容易には出来はしない。
0343名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:24:27.96ID:tjH3njgV
だからどうせ世の中は理想通りに行かないものだとあきらめて、好い加減な候補者で満足するさ。』
0344名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:24:43.74ID:tjH3njgV
と、世話を焼いた事があるのですが、三浦は反ってその度に、憐むような眼で私を眺めながら、『そのくらいなら何もこの年まで、僕は独身で通しはしない。』
0346名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:25:15.30ID:tjH3njgV
が、友だちはそれで黙っていても、親戚の身になって見ると、元来病弱な彼ではあるし、万一血統を絶やしてはと云う心配もなくはないので、せめて権妻でも置いたらどうだと勧めた向きもあったそうですが、元よりそんな忠告などに耳を借すような三浦ではありません。
0347名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:25:31.06ID:tjH3njgV
いや、耳を借さない所か、彼はその権妻と云う言が大嫌いで、日頃から私をつかまえては、『何しろいくら開化したと云った所で、まだ日本では妾と云うものが公然と幅を利かせているのだから。』
0349名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:26:02.56ID:tjH3njgV
ですから帰朝後二三年の間、彼は毎日あのナポレオン一世を相手に、根気よく読書しているばかりで、いつになったら彼の所謂『愛のある結婚』
0351名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:26:34.07ID:tjH3njgV
「ところがその中に私はある官辺の用向きで、しばらく韓国京城へ赴任する事になりました。
0352名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:26:49.83ID:tjH3njgV
すると向うへ落ち着いてから、まだ一月と経たない中に、思いもよらず三浦から結婚の通知が届いたじゃありませんか。
0354名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:27:21.36ID:tjH3njgV
が、驚いたと同時に私は、いよいよ彼にもその愛の相手が出来たのだなと思うと、さすがに微笑せずにはいられませんでした。
0355名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:27:37.10ID:tjH3njgV
通知の文面は極簡単なもので、ただ、藤井勝美と云う御用商人の娘と縁談が整ったと云うだけでしたが、その後引続いて受取った手紙によると、彼はある日散歩のついでにふと柳島の萩寺へ寄った所が、そこへ丁度彼の屋敷へ出入りする骨董屋が藤井の父子と一しょに詣り合せたので、
0356名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:27:52.86ID:tjH3njgV
つれ立って境内を歩いている中に、いつか互に見染めもし見染められもしたと云う次第なのです。
0357名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:28:08.61ID:tjH3njgV
何しろ萩寺と云えば、その頃はまだ仁王門も藁葺屋根で、『ぬれて行く人もをかしや雨の萩』
0358名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:28:24.40ID:tjH3njgV
と云う芭蕉翁の名高い句碑が萩の中に残っている、いかにも風雅な所でしたから、実際才子佳人の奇遇には誂え向きの舞台だったのに違いありません。
0359名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:28:40.19ID:tjH3njgV
しかしあの外出する時は、必ず巴里仕立ての洋服を着用した、どこまでも開化の紳士を以て任じていた三浦にしては、余り見染め方が紋切型なので、すでに結婚の通知を読んでさえ微笑した私などは、いよいよ擽られるような心もちを禁ずる事が出来ませんでした。
0360名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:28:55.98ID:tjH3njgV
こう云えば勿論縁談の橋渡しには、その骨董屋のなったと云う事も、すぐに御推察が参るでしょう。
0361名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:29:11.62ID:tjH3njgV
それがまた幸いと、即座に話がまとまって、表向きの仲人を拵えるが早いか、その秋の中に婚礼も滞りなくすんでしまったのです。
0362名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:29:27.35ID:tjH3njgV
ですから夫婦仲の好かった事は、元より云うまでもないでしょうが、殊に私が可笑しいと同時に妬ましいような気がしたのは、あれほど冷静な学者肌の三浦が、結婚後は近状を報告する手紙の中でも、ほとんど別人のような快活さを示すようになった事でした。
0363名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:29:43.24ID:tjH3njgV
「その頃の彼の手紙は、今でも私の手もとに保存してありますが、それを一々読み返すと、当時の彼の笑い顔が眼に見えるような心もちがします。
0365名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:30:14.63ID:tjH3njgV
今年は朝顔の培養に失敗した事、上野の養育院の寄附を依頼された事、入梅で書物が大半黴びてしまった事、抱えの車夫が破傷風になった事、都座の西洋手品を見に行った事、蔵前に火事があった事――
0366名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:30:30.29ID:tjH3njgV
一々数え立てていたのでは、とても際限がありませんが、中でも一番嬉しそうだったのは、彼が五姓田芳梅画伯に依頼して、細君の肖像画を描いて貰ったと云う一条です。
0367名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:30:46.05ID:tjH3njgV
その肖像画は彼が例のナポレオン一世の代りに、書斎の壁へ懸けて置きましたから、私も後に見ましたが、何でも束髪に結った勝美婦人が毛金の繍のある黒の模様で、薔薇の花束を手にしながら、姿見の前に立っている所を、横顔に描いたものでした。
0368名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:31:01.80ID:tjH3njgV
が、それは見る事が出来ても、当時の快活な三浦自身は、とうとう永久に見る事が出来なかったのです。……」
0370名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:31:33.31ID:tjH3njgV
じっとその話に聞き入っていた私は、子爵が韓国京城から帰った時、万一三浦はもう物故していたのではないかと思って、我知らず不安の眼を相手の顔に注がずにはいられなかった。
0372名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:32:04.83ID:tjH3njgV
「しかし何もこう云ったからと云って、彼が私の留守中に故人になったと云う次第じゃありません。
0373名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:32:20.59ID:tjH3njgV
ただ、かれこれ一年ばかり経って、私が再び内地へ帰って見ると、三浦はやはり落ち着き払った、むしろ以前よりは幽鬱らしい人間になっていたと云うだけです。
0374名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:32:36.33ID:tjH3njgV
これは私があの新橋停車場でわざわざ迎えに出た彼と久闊の手を握り合った時、すでに私には気がついていた事でした。
0375名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:32:52.09ID:tjH3njgV
いや恐らくは気がついたと云うよりも、その冷静すぎるのが気になったとでもいうべきなのでしょう。
0379名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:33:55.14ID:tjH3njgV
が、彼は反って私の怪しむのを不審がりながら、彼ばかりでなく彼の細君も至極健康だと答えるのです。
0381名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:34:26.76ID:tjH3njgV
をしたからと云って、急に彼の性情が変化する筈もないと思いましたから、それぎり私も別段気にとめないで、『じゃ光線のせいで顔色がよくないように見えたのだろう』
0384名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:35:13.97ID:tjH3njgV
この幽鬱な仮面に隠れている彼の煩悶に感づくまでには、まだおよそ二三箇月の時間が必要だったのです。
0385名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:35:29.74ID:tjH3njgV
が、話の順序として、その前に一通り、彼の細君の人物を御話しして置く必要がありましょう。
0386名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:35:45.50ID:tjH3njgV
「私が始めて三浦の細君に会ったのは、京城から帰って間もなく、彼の大川端の屋敷へ招かれて、一夕の饗応に預った時の事です。
0387名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:36:01.25ID:tjH3njgV
聞けば細君はかれこれ三浦と同年配だったそうですが、小柄ででもあったせいか、誰の眼にも二つ三つ若く見えたのに相違ありません。
0388名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:36:17.02ID:tjH3njgV
それが眉の濃い、血色鮮な丸顔で、その晩は古代蝶鳥の模様か何かに繻珍の帯をしめたのが、当時の言を使って形容すれば、いかにも高等な感じを与えていました。
0389名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:36:32.77ID:tjH3njgV
が、三浦の愛の相手として、私が想像に描いていた新夫人に比べると、どこかその感じにそぐわない所があるのです。
0390名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:36:48.52ID:tjH3njgV
もっともこれはどこかと云うくらいな事で、私自身にもその理由がはっきりとわかっていた訳じゃありません。
0391名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:37:04.28ID:tjH3njgV
殊に私の予想が狂うのは、今度三浦に始めて会った時を始めとして、度々経験した事ですから、勿論その時もただふとそう思っただけで、別段それだから彼の結婚を祝する心が冷却したと云う訳でもなかったのです。
0392名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:37:19.93ID:tjH3njgV
それ所か、明い空気洋燈の光を囲んで、しばらく膳に向っている間に、彼の細君の溌剌たる才気は、すっかり私を敬服させてしまいました。
0394名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:37:51.43ID:tjH3njgV
『奥さん、あなたのような方は実際日本より、仏蘭西にでも御生れになればよかったのです。』――
0398名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:38:54.29ID:tjH3njgV
と、からかうように横槍を入れましたが、そのからかうような彼の言が、刹那の間私の耳に面白くない響を伝えたのは、果して私の気のせいばかりだったでしょうか。
0399名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:39:10.10ID:tjH3njgV
いや、この時半ば怨ずる如く、斜に彼を見た勝美夫人の眼が、余りに露骨な艶かしさを裏切っているように思われたのは、果して私の邪推ばかりだったでしょうか。
0400名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:39:25.86ID:tjH3njgV
とにかく私はこの短い応答の間に、彼等二人の平生が稲妻のように閃くのを、感じない訳には行かなかったのです。
0401名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:39:41.61ID:tjH3njgV
今思えばあれは私にとって、三浦の生涯の悲劇に立ち合った最初の幕開きだったのですが、当時は勿論私にしても、ほんの不安の影ばかりが際どく頭を掠めただけで、後はまた元の如く、三浦を相手に賑な盃のやりとりを始めました。
0402名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:39:57.36ID:tjH3njgV
ですからその夜は文字通り一夕の歓を尽した後で、彼の屋敷を辞した時も、大川端の川風に俥上の微醺を吹かせながら、やはり私は彼のために、所謂『愛のある結婚』
0404名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:40:28.90ID:tjH3njgV
「ところがそれから一月ばかり経って(元より私はその間も、度々彼等夫婦とは往来し合っていたのです。)
0405名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:40:44.67ID:tjH3njgV
ある日私が友人のあるドクトルに誘われて、丁度於伝仮名書をやっていた新富座を見物に行きますと、丁度向うの桟敷の中ほどに、三浦の細君が来ているのを見つけました。
0406名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:41:00.31ID:tjH3njgV
その頃私は芝居へ行く時は、必ず眼鏡を持って行ったので、勝美夫人もその円い硝子の中に、燃え立つような掛毛氈を前にして、始めて姿を見せたのです。
0407名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:41:16.10ID:tjH3njgV
それが薔薇かと思われる花を束髪にさして、地味な色の半襟の上に、白い二重顋を休めていましたが、私がその顔に気がつくと同時に、向うも例の艶しい眼をあげて、軽く目礼を送りました。
0408名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:41:31.74ID:tjH3njgV
そこで私も眼鏡を下しながら、その目礼に答えますと、三浦の細君はどうしたのか、また慌てて私の方へ会釈を返すじゃありませんか。
0410名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:42:03.25ID:tjH3njgV
私はやっと最初の目礼が私に送られたのではなかったと云う事に気がつきましたから、思わず周囲の高土間を見まわして、その挨拶の相手を物色しました。
0411名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:42:19.00ID:tjH3njgV
するとすぐ隣の桝に派手な縞の背広を着た若い男がいて、これも勝美夫人の会釈の相手をさがす心算だったのでしょう。
0412名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:42:34.74ID:tjH3njgV
の高い巻煙草を啣えながら、じろじろ私たちの方を窺っていたのと、ぴったり視線が出会いました。
0413名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:42:50.50ID:tjH3njgV
私はその浅黒い顔に何か不快な特色を見てとったので、咄嗟に眼を反らせながらまた眼鏡をとり上げて、見るともなく向うの桟敷を見ますと、三浦の細君のいる桝には、もう一人女が坐っているのです。
0415名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:43:21.79ID:tjH3njgV
当時相当な名声のあった楢山と云う代言人の細君で、盛に男女同権を主張した、とかく如何わしい風評が絶えた事のない女です。
0416名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:43:37.58ID:tjH3njgV
私はその楢山夫人が、黒の紋付の肩を張って、金縁の眼鏡をかけながら、まるで後見と云う形で、三浦の細君と並んでいるのを眺めると、何と云う事もなく不吉な予感に脅かされずにはいられませんでした。
0417名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:43:53.34ID:tjH3njgV
しかもあの女権論者は、骨立った顔に薄化粧をして、絶えず襟を気にしながら、私たちのいる方へ――
0419名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:44:24.83ID:tjH3njgV
私はこの芝居見物の一日が、舞台の上の菊五郎や左団次より、三浦の細君と縞の背広と楢山の細君とを注意するのに、より多く費されたと云ったにしても、決して過言じゃありません。
0420名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:44:40.48ID:tjH3njgV
それほど私は賑な下座の囃しと桜の釣枝との世界にいながら、心は全然そう云うものと没交渉な、忌わしい色彩を帯びた想像に苦しめられていたのです。
0421名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:44:56.25ID:tjH3njgV
ですから中幕がすむと間もなく、あの二人の女連れが向うの桟敷にいなくなった時、私は実際肩が抜けたようなほっとした心もちを味わいました。
0422名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:45:12.02ID:tjH3njgV
勿論女の方はいなくなっても、縞の背広はやはり隣の桝で、しっきりなく巻煙草をふかしながら、時々私の方へ眼をやっていましたが、三の巴の二つがなくなった今になっては、前ほど私もその浅黒い顔が、気にならないようになっていたのです。
0423名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:45:27.86ID:tjH3njgV
「と云うと私がひどく邪推深いように聞えますが、これはその若い男の浅黒い顔だちが、妙に私の反感を買ったからで、どうも私とその男との間には、――
0424名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:45:43.62ID:tjH3njgV
あるいは私たちとその男との間には、始めからある敵意が纏綿しているような気がしたのです。
0425名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:45:59.25ID:tjH3njgV
ですからその後一月とたたない中に、あの大川へ臨んだ三浦の書斎で、彼自身その男を私に紹介してくれた時には、まるで謎でもかけられたような、当惑に近い感情を味わずにはいられませんでした。
0426名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:46:15.01ID:tjH3njgV
何でも三浦の話によると、これは彼の細君の従弟だそうで、当時xx紡績会社でも歳の割には重用されている、敏腕の社員だと云う事です。
0427名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:46:30.65ID:tjH3njgV
成程そう云えば一つ卓子の紅茶を囲んで、多曖もない雑談を交換しながら、巻煙草をふかせている間でさえ、彼が相当な才物だと云う事はすぐに私にもわかりました。
0429名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:47:02.06ID:tjH3njgV
いや、私は何度となく、すでに細君の従弟だと云う以上、芝居で挨拶を交すくらいな事は、さらに不思議でも何でもないじゃないかと、こう理性に訴えて、出来るだけその男に接近しようとさえ努力して見ました。
0430名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:47:17.71ID:tjH3njgV
しかし私がその努力にやっと成功しそうになると、彼は必ず音を立てて紅茶を啜ったり、巻煙草の灰を無造作に卓子の上へ落したり、あるいはまた自分の洒落を声高に笑ったり、何かしら不快な事をしでかして、再び私の反感を呼び起してしまうのです。
0431名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:47:33.47ID:tjH3njgV
ですから彼が三十分ばかり経って、会社の宴会とかへ出るために、暇を告げて帰った時には、私は思わず立ち上って、部屋の中の俗悪な空気を新たにしたい一心から、川に向った仏蘭西窓を一ぱいに大きく開きました。
0432名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:47:49.20ID:tjH3njgV
すると三浦は例の通り、薔薇の花束を持った勝美夫人の額の下に坐りながら、『ひどく君はあの男が嫌いじゃないか。』
0437名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:49:08.01ID:tjH3njgV
三浦はしばらくの間黙って、もう夕暮の光が漂っている大川の水面をじっと眺めていましたが、やがて『どうだろう。
0447名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:51:45.11ID:tjH3njgV
が、夕暗の中に透して見ると、彼は相不変冷な表情を浮べたまま、仏蘭西窓の外の水の光を根気よく眺めているのです。
0453名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:53:19.66ID:tjH3njgV
すると思いがけなくその戸口には、誰やら黒い人影が、まるで中の容子でも偸み聴いていたらしく、静に佇んでいたのです。
0454名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:53:35.43ID:tjH3njgV
しかもその人影は、私の姿が見えるや否や、咄嗟に間近く進み寄って、『あら、もう御帰りになるのでございますか。』
0456名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:54:06.98ID:tjH3njgV
私は息苦しい一瞬の後、今日も薔薇を髪にさした勝美夫人を冷に眺めながら、やはり無言のまま会釈をして、々俥の待たせてある玄関の方へ急ぎました。
0461名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:55:25.64ID:tjH3njgV
勿論その秘密のが、すぐ忌むべき姦通の二字を私の心に烙きつけたのは、御断りするまでもありますまい。
0462名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:55:41.27ID:tjH3njgV
が、もしそうだとすれば、なぜまたあの理想家の三浦ともあるものが、離婚を断行しないのでしょう。
0464名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:56:12.88ID:tjH3njgV
それともあるいは証拠があっても、なお離婚を躊躇するほど、勝美夫人を愛しているからでしょうか。
0465名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:56:28.66ID:tjH3njgV
私はこんな臆測を代り代り逞くしながら、彼と釣りに行く約束があった事さえ忘れ果てて、かれこれ半月ばかりの間というものは、手紙こそ時には書きましたが、あれほどしばしば訪問した彼の大川端の邸宅にも、足踏さえしなくなってしまいました。
0466名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:56:44.43ID:tjH3njgV
ところがその半月ばかりが過ぎてから、私はまた偶然にもある予想外な事件に出合ったので、とうとう前約を果し旁、彼と差向いになる機会を利用して、直接彼に私の心労を打ち明けようと思い立ったのです。
0467名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:57:00.22ID:tjH3njgV
「と云うのはある日の事、私はやはり友人のドクトルと中村座を見物した帰り途に、たしか珍竹林主人とか号していた曙新聞でも古顔の記者と一しょになって、日の暮から降り出した雨の中を、当時柳橋にあった生稲へ一盞を傾けに行ったのです。
0468名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:57:15.99ID:tjH3njgV
所がそこの二階座敷で、江戸の昔を偲ばせるような遠三味線の音を聞きながら、しばらく浅酌の趣を楽んでいると、その中に開化の戯作者のような珍竹林主人が、ふと興に乗って、折々軽妙な洒落を交えながら、あの楢山夫人の醜聞を面白く話して聞かせ始めました。
0469名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:57:31.74ID:tjH3njgV
何でも夫人の前身は神戸あたりの洋妾だと云う事、一時は三遊亭円暁を男妾にしていたと云う事、その頃は夫人の全盛時代で金の指環ばかり六つも嵌めていたと云う事、それが二三年前から不義理な借金で、ほとんど首もまわらないと云う事――
0470名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:57:47.50ID:tjH3njgV
珍竹林主人はまだこのほかにも、いろいろ内幕の不品行を素っぱぬいて聞かせましたが、中でも私の心の上に一番不愉快な影を落したのは、近来はどこかの若い御新造が楢山夫人の腰巾着になって、歩いていると云う風評でした。
0471名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:58:03.26ID:tjH3njgV
しかもこの若い御新造は、時々女権論者と一しょに、水神あたりへ男連れで泊りこむらしいと云うじゃありませんか。
0472名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:58:19.04ID:tjH3njgV
私はこれを聞いた時には、陽気なるべき献酬の間でさえ、もの思わしげな三浦の姿が執念く眼の前へちらついて、義理にも賑やかな笑い声は立てられなくなってしまいました。
0473名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:58:34.79ID:tjH3njgV
が、幸いとドクトルは、早くも私のふさいでいるのに気がついたものと見えて、巧に相手を操りながら、いつか話題を楢山夫人とは全く縁のない方面へ持って行ってくれましたから、私はやっと息をついて、ともかく一座の興を殺がない程度に、応対を続ける事が出来たのです。
0475名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:59:06.30ID:tjH3njgV
女権論者の噂に気を腐らした私が、やがて二人と一しょに席を立って、生稲の玄関から帰りの俥へ乗ろうとしていると、急に一台の相乗俥が幌を雨に光らせながら、勢いよくそこへ曳きこみました。
0476名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:59:22.09ID:tjH3njgV
しかも私が俥の上へ靴の片足を踏みかけたのと、向うの俥が桐油を下して、中の一人が沓脱ぎへ勢いよく飛んで下りたのとが、ほとんど同時だったのです。
0477名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 03:59:37.88ID:tjH3njgV
私はその姿を見るが早いか、素早く幌の下へ身を投じて、車夫が梶棒を上げる刹那の間も、異様な興奮に動かされながら、『あいつだ。』
0479名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:00:09.32ID:tjH3njgV
あいつと云うのは別人でもない、三浦の細君の従弟と称する、あの色の浅黒い縞の背広だったのです。
0480名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:00:25.05ID:tjH3njgV
ですから私は雨の脚を俥の幌に弾きながら、燈火の多い広小路の往来を飛ぶように走って行く間も、あの相乗俥の中に乗っていた、もう一人の人物を想像して、何度となく恐しい不安の念に脅かされました。
0483名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:01:12.58ID:tjH3njgV
私は独りこのどちらともつかない疑惑に悩まされながら、むしろその疑惑の晴れる事を恐れて、倉皇と俥に身を隠した私自身の臆病な心もちが、腹立たしく思われてなりませんでした。
0484名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:01:28.35ID:tjH3njgV
このもう一人の人物が果して三浦の細君だったか、それとも女権論者だったかは、今になってもなお私には解く事の出来ない謎なのです。」
0485名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:01:43.98ID:tjH3njgV
本多子爵はどこからか、大きな絹の手巾を出して、つつましく鼻をかみながら、もう暮色を帯び出した陳列室の中を見廻して、静にまた話を続け始めた。
0486名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:01:59.72ID:tjH3njgV
「もっともこの問題はいずれにせよ、とにかく珍竹林主人から聞いた話だけは、三浦の身にとって三考にも四考にも価する事ですから、私はその翌日すぐに手紙をやって、保養がてら約束の釣に出たいと思う日を知らせました。
0487名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:02:15.68ID:tjH3njgV
するとすぐに折り返して、三浦から返事が届きましたが、見るとその日は丁度十六夜だから、釣よりも月見旁、日の暮から大川へ舟を出そうと云うのです。
0488名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:02:31.45ID:tjH3njgV
勿論私にしても格別釣に執着があった訳でもありませんから、早速彼の発議に同意して、当日は兼ねての約束通り柳橋の舟宿で落合ってから、まだ月の出ない中に、猪牙舟で大川へ漕ぎ出しました。
0489名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:02:47.21ID:tjH3njgV
「あの頃の大川の夕景色は、たとい昔の風流には及ばなかったかも知れませんが、それでもなお、どこか浮世絵じみた美しさが残っていたものです。
0490名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:03:02.94ID:tjH3njgV
現にその日も万八の下を大川筋へ出て見ますと、大きく墨をなすったような両国橋の欄干が、仲秋のかすかな夕明りを揺かしている川波の空に、一反り反った一文字を黒々とひき渡して、その上を通る車馬の影が、早くも水靄にぼやけた中には、目まぐるしく行き交う提灯ばかりが、
0493名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:03:50.25ID:tjH3njgV
私『そうさな、こればかりはいくら見たいと云ったって、西洋じゃとても見られない景色かも知れない。』
0497名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:04:53.15ID:tjH3njgV
私『何んでも旧幕の修好使がヴルヴァルを歩いているのを見て、あの口の悪いメリメと云うやつは、側にいたデュマか誰かに「おい、
0501名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:05:55.85ID:tjH3njgV
いつか使に来た何如璋と云う支那人は、横浜の宿屋へ泊って日本人の夜着を見た時に、「是古の寝衣なるもの、此邦に夏周の遺制あるなり。」
0504名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:06:43.02ID:tjH3njgV
その中に上げ汐の川面が、急に闇を加えたのに驚いて、ふとあたりを見まわすと、いつの間にか我々を乗せた猪牙舟は、一段と櫓の音を早めながら、今ではもう両国橋を後にして、夜目にも黒い首尾の松の前へ、
0506名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:07:14.58ID:tjH3njgV
そこで私は一刻も早く、勝美夫人の問題へ話題を進めようと思いましたから、早速三浦の言尻をつかまえて、『そんなに君が旧弊好きなら、あの開化な細君はどうするのだ。』
0508名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:07:46.09ID:tjH3njgV
すると三浦はしばらくの間、私の問が聞えないように、まだ月代もしない御竹倉の空をじっと眺めていましたが、やがてその眼を私の顔に据えると、低いながらも力のある声で、『どうもしない。
0527名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:12:45.17ID:tjH3njgV
私は三度意外な答に驚かされて、しばらくはただ茫然と彼の顔を見つめていると、三浦は少しも迫らない容子で、『それは勿論妻と妻の従弟との現在の関係を肯定した訳じゃない。
0533名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:14:19.66ID:tjH3njgV
だから僕は結婚後、僕等の間の愛情が純粋なものでない事を覚った時、一方僕の軽挙を後悔すると同時に、そう云う僕と同棲しなければならない妻も気の毒に感じたのだ。
0535名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:14:51.15ID:tjH3njgV
その上僕は妻を愛そうと思っていても、妻の方ではどうしても僕を愛す事が出来ないのだ、いやこれも事によると、抑僕の愛なるものが、相手にそれだけの熱を起させ得ないほど、貧弱なものだったかも知れない。
0536名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:15:06.90ID:tjH3njgV
だからもし妻と妻の従弟との間に、僕と妻との間よりもっと純粋な愛情があったら、僕は潔く幼馴染の彼等のために犠牲になってやる考だった。
0538名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:15:38.29ID:tjH3njgV
実際あの妻の肖像画も万一そうなった暁に、妻の身代りとして僕の書斎に残して置く心算だったのだ。』
0540名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:16:09.85ID:tjH3njgV
が、空はまるで黒幕でも垂らしたように、椎の樹松浦の屋敷の上へ陰々と蔽いかかったまま、月の出らしい雲のけはいは未に少しも見えませんでした。
0544名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:17:12.83ID:tjH3njgV
どうして発見したかと云うような事は、君も格別聞きたくはなかろうし、僕も今更話したいとは思わない。
0545名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:17:28.61ID:tjH3njgV
が、とにかくある極めて偶然な機会から、僕自身彼等の密会する所を見たと云う事だけ云って置こう。』
0546名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:17:44.33ID:tjH3njgV
私は巻煙草の灰を舷の外に落しながら、あの生稲の雨の夜の記憶を、まざまざと心に描き出しました。
0548名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:18:15.88ID:tjH3njgV
僕は彼等の関係を肯定してやる根拠の一半を失ったのだから、勢い、前のような好意のある眼で、彼等の情事を見る事が出来なくなってしまったのだ。
0550名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:18:47.38ID:tjH3njgV
あの頃の僕は、いかにして妻の従弟から妻を引き離そうかと云う問題に、毎日頭を悩ましていた。
0552名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:19:18.92ID:tjH3njgV
こう信じていた僕は、同時にまた妻自身の幸福のためにも、彼等の関係に交渉する必要があると信じていたのだ。
0553名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:19:34.60ID:tjH3njgV
少くとも妻は、僕のこう云う素振りに感づくと、僕が今まで彼等の関係を知らずにいて、その頃やっと気がついたものだから、嫉妬に駆られ出したとでも解釈してしまったらしい。
0556名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:20:21.90ID:tjH3njgV
私『そう云えば、いつか君の細君は、書斎で我々が話しているのを立ち聴きをしていた事があった。』
0559名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:21:09.07ID:tjH3njgV
この時もう我々の猪牙舟は、元の御厩橋の下をくぐりぬけて、かすかな舟脚を夜の水に残しながら、彼是駒形の並木近くへさしかかっていたのです。
0563名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:22:12.00ID:tjH3njgV
君を新橋に出迎えて以来、とうとう今日に至るまで、僕は始終この煩悶と闘わなければならなかったのだ。
0564名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:22:27.62ID:tjH3njgV
が、一週間ばかり前に、下女か何かの過失から、妻の手にはいる可き郵便が、僕の書斎へ来ているじゃないか。
0569名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:23:46.39ID:tjH3njgV
勿論この第二の打撃は、第一のそれよりも遥に恐しい力を以て、あらゆる僕の理想を粉砕した。
0570名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:24:02.13ID:tjH3njgV
が、それと同時にまた、僕の責任が急に軽くなったような、悲しむべき安慰の感情を味った事もまた事実だった。』
0571名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:24:17.91ID:tjH3njgV
三浦がこう語り終った時、丁度向う河岸の並倉の上には、もの凄いように赤い十六夜の月が、始めて大きく上り始めました。
0572名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:24:33.63ID:tjH3njgV
私はさっきあの芳年の浮世絵を見て、洋服を着た菊五郎から三浦の事を思い出したのは、殊にその赤い月が、あの芝居の火入りの月に似ていたからの事だったのです。
0573名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:24:49.51ID:tjH3njgV
あの色の白い、細面の、長い髪をまん中から割った三浦は、こう云う月の出を眺めながら、急に長い息を吐くと、さびしい微笑を帯びた声で、『君は昔、神風連が命を賭して争ったのも子供の夢だとけなした事がある。
0576名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:25:36.79ID:tjH3njgV
が、今日我々の目標にしている開化も、百年の後になって見たら、やはり同じ子供の夢だろうじゃないか。……』」
0577名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:25:52.53ID:tjH3njgV
丁度本多子爵がここまで語り続けた時、我々はいつか側へ来た守衛の口から、閉館の時刻がすでに迫っていると云う事を伝えられた。
0578名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:26:08.34ID:tjH3njgV
子爵と私とは徐に立上って、もう一度周囲の浮世絵と銅版画とを見渡してから、そっとこのうす暗い陳列室の外へ出た。
0583名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:27:28.27ID:tjH3njgV
予自身も、本多子爵に親炙して、明治初期の逸事瑣談を聞かせて貰ふやうになつてから、初めてこのドクトルの名を耳にする機会を得た。
0584名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:27:44.05ID:tjH3njgV
彼の人物性行は、下の遺書によつても幾分の説明を得るに相違ないが、猶二三、予が仄聞した事実をつけ加へて置けば、ドクトルは当時内科の専門医として有名だつたと共に、演劇改良に関しても或急進的意見を持つてゐた、一種の劇通だつたと云ふ。
0585名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:27:59.84ID:tjH3njgV
現に後者に関しては、ドクトル自身の手になつた戯曲さへあつて、それはヴオルテエルの Candide の一部を、徳川時代の出来事として脚色した、二幕物の喜劇だつたさうである。
0586名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:28:15.47ID:tjH3njgV
北庭筑波が撮影した写真を見ると、北畠ドクトルは英吉利風の頬髯を蓄へた、容貌魁偉な紳士である。
0587名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:28:31.21ID:tjH3njgV
本多子爵によれば、体格も西洋人を凌ぐばかりで、少年時代から何をするのでも、精力抜群を以て知られてゐたと云ふ。
0588名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:28:47.00ID:tjH3njgV
さう云へば遺書の文字さへ、鄭板橋風の奔放な字で、その淋漓たる墨痕の中にも、彼の風貌が看取されない事もない。
0590名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:29:18.51ID:tjH3njgV
譬へば当時まだ授爵の制がなかつたにも関らず、後年の称に従つて本多子爵及夫人等の名を用ひた如きものである。
0591名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:29:34.27ID:tjH3njgV
唯、その文章の調子に至つては、殆原文の調子をそつくりその儘、ひき写したと云つても差支へない。
0593名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:30:05.67ID:tjH3njgV
予は予が最期に際し、既往三年来、常に予が胸底に蟠れる、呪ふ可き秘密を告白し、以て卿等の前に予が醜悪なる心事を暴露せんとす。
0594名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:30:21.31ID:tjH3njgV
卿等にして若しこの遺書を読むの後、猶卿等の故人たる予の記憶に対し、一片憐憫の情を動す事ありとせんか、そは素より予にとりて、望外の大幸なり。
0595名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:30:36.92ID:tjH3njgV
されど又予を目して、万死の狂徒と做し、当に屍に鞭打つて後已む可しとするも、予に於ては毫も遺憾とする所なし。
0596名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:30:52.67ID:tjH3njgV
唯、予が告白せんとする事実の、余りに意想外なるの故を以て、妄に予を誣ふるに、神経病患者の名を藉る事勿れ。
0597名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:31:08.39ID:tjH3njgV
予は最近数ヶ月に亘りて、不眠症の為に苦しみつつありと雖も、予が意識は明白にして、且極めて鋭敏なり。
0601名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:32:11.34ID:tjH3njgV
然らずんば、予が一生の汚辱を披瀝せんとする此遺書の如きも、結局無用の故紙たると何の選ぶ所か是あらん。
0602名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:32:26.95ID:tjH3njgV
閣下、並に夫人、予は過去に於て殺人罪を犯したると共に、将来に於ても亦同一罪悪を犯さんとしたる卑む可き危険人物なり。
0603名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:32:42.69ID:tjH3njgV
しかもその犯罪が卿等に最も親近なる人物に対して、企画せられたるのみならず、又企画せられんとしたりと云ふに至りては、卿等にとりて正に意外中の意外たる可し。
0606名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:33:29.72ID:tjH3njgV
而して予が生涯の唯一の記念たる、この数枚の遺書をして、空しく狂人の囈語たらしむる事勿れ。
0608名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:34:01.14ID:tjH3njgV
予が生存すべき僅少なる時間は、直下に予を駆りて、予が殺人の動機と実行とを叙し、更に進んで予が殺人後の奇怪なる心境に言及せしめずんば、已まざらんとす。
0609名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:34:16.85ID:tjH3njgV
されど、嗚呼されど、予は硯に呵し紙に臨んで、猶惶々として自ら安からざるものあるを覚ゆ。
0610名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:34:32.48ID:tjH3njgV
惟ふに予が過去を点検し記載するは、予にとりて再過去の生活を営むと、畢竟何の差違かあらん。
0611名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:34:48.23ID:tjH3njgV
予は殺人の計画を再し、その実行を再し、更に最近一年間の恐る可き苦悶を再せざる可らず。
0621名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:37:25.70ID:tjH3njgV
五月某日予等は明子が家の芝生なる藤棚の下に嬉戯せしが、明子は予に対して、隻脚にて善く久しく立つを得るやと問ひぬ。
0622名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:37:41.36ID:tjH3njgV
而して予が否と答ふるや、彼女は左手を垂れて左の趾を握り、右手を挙げて均衡を保ちつつ、隻脚にて立つ事、是を久うしたりき。
0625名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:38:28.79ID:tjH3njgV
私に自ら省みて、予が心既に深く彼女を愛せるに驚きしも、実にその藤棚の下に於て然りしなり。
0626名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:38:44.54ID:tjH3njgV
爾来予の明子に対する愛は益烈しきを加へ、念々に彼女を想ひて、殆学を廃するに至りしも、予の小心なる、遂に一語の予が衷心を吐露す可きものを出さず。
0627名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:39:00.30ID:tjH3njgV
陰晴定りなき感情の悲天の下に、或は泣き、或は笑ひて、茫々数年の年月を閲せしが、予の二十一歳に達するや、予が父は突然予に命じて、遠く家業たる医学を英京竜動に学ばしめぬ。
0628名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:39:16.09ID:tjH3njgV
予は訣別に際して、明子に語るに予が愛を以てせんとせしも、厳粛なる予等が家庭は、斯る機会を与ふるに吝なりしと共に、儒教主義の教育を受けたる予も、亦桑間濮上の譏を惧れたるを以て、無限の離愁を抱きつつ、孤笈飄然として英京に去れり。
0629名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:39:31.87ID:tjH3njgV
英吉利留学の三年間、予がハイド・パアクの芝生に立ちて、如何に故園の紫藤花下なる明子を懐ひしか、或は又予がパルマルの街頭を歩して、如何に天涯の遊子たる予自身を憫みしか、そは茲に叙説するの要なかる可し。
0630名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:39:47.64ID:tjH3njgV
予は唯、竜動に在るの日、予が所謂薔薇色の未来の中に、来る可き予等の結婚生活を夢想し、以て僅に悶々の情を排せしを語れば足る。
0631名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:40:03.38ID:tjH3njgV
然り而して予の英吉利より帰朝するや、予は明子の既に嫁して第x銀行頭取満村恭平の妻となりしを知りぬ。
0632名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:40:19.17ID:tjH3njgV
予は即座に自殺を決心したれども、予が性来の怯懦と、留学中帰依したる基督教の信仰とは、不幸にして予が手を麻痺せしめしを如何。
0633名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:40:34.94ID:tjH3njgV
卿等にして若し当時の予が、如何に傷心したるかを知らんとせば、予が帰朝後旬日にして、再英京に去らんとし、為に予が父の激怒を招きたるの一事を想起せよ。
0634名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:40:50.73ID:tjH3njgV
当時の予が心境を以てすれば、実に明子なきの日本は、故国に似て故国にあらず、この故国ならざる故国に止つて、徒に精神的敗残者たるの生涯を送らんよりは、寧チヤイルド・ハロルドの一巻を抱いて、遠く万里の孤客となり、
0636名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:41:22.24ID:tjH3njgV
されど予が身辺の事情は遂に予をして渡英の計画を抛棄せしめ、加之予が父の病院内に、一個新帰朝のドクトルとして、多数患者の診療に忙殺さる可き、退屈なる椅子に倚らしめ了りぬ。
0638名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:41:53.80ID:tjH3njgV
当時築地に在住したる英吉利宣教師ヘンリイ・タウンゼンド氏は、この間に於ける予の忘れ難き友人にして、予の明子に対する愛が、幾多の悪戦苦闘の後、漸次熱烈にしてしかも静平なる肉親的感情に変化したるは、一に同氏が予の為に釈義したる聖書の数章の結果なりき。
0639名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:42:09.60ID:tjH3njgV
予は屡、同氏と神を論じ、神の愛を論じ、更に人間の愛を論じたるの後、半夜行人稀なる築地居留地を歩して、独り予が家に帰りしを記憶す。
0640名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:42:25.38ID:tjH3njgV
若し卿等にして予が児女の情あるを哂はずんば、予は居留地の空なる半輪の月を仰ぎて、私に従妹明子の幸福を神に祈り、感極つて歔欷せしを語るも善し。
0642名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:42:56.90ID:tjH3njgV
の心理を以て、説明す可きものなりや否や、予は之を詳にする勇気と余裕とに乏しけれど、予がこの肉親的愛情によりて、始めて予が心の創痍を医し得たるの一事は疑ふ可らず。
0643名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:43:12.66ID:tjH3njgV
是を以て帰朝以来、明子夫妻の消息を耳にするを蛇蝎の如く恐れたる予は、今や予がこの肉親的愛情に依頼し、進んで彼等に接近せん事を希望したり。
0644名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:43:28.41ID:tjH3njgV
こは予にして若し彼等に幸福なる夫妻を見出さんか、予の慰安の益大にして、念頭些の苦悶なきに至る可しと、早計にも信じたるが故のみ。
0645名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:43:44.17ID:tjH3njgV
予はこの信念に動かされし結果、遂に明治十一年八月三日両国橋畔の大煙火に際し、知人の紹介を機会として、折から校書十数輩と共に柳橋万八の水楼に在りし、明子の夫満村恭平と、始めて一夕の歓を倶にしたり。
0647名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:44:15.59ID:tjH3njgV
予は日記に書して曰、「予は明子にして、かの満村某の如き、濫淫の賤貨に妻たるを思へば、殆一肚皮の憤怨何の処に向つてか吐かんとするを知らず。
0651名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:45:18.62ID:tjH3njgV
誰か善くその妻と妹とを強人の為に凌辱せられ、しかも猶天を仰いで神の御名を称ふ可きものあらむ。
0652名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:45:34.36ID:tjH3njgV
予は今後断じて神に依らず、予自身の手を以て、予が妹明子をこの色鬼の手より救助す可し。」
0654名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:46:05.85ID:tjH3njgV
かの蒼然たる水靄と、かの万点の紅燈と、而してかの隊々相銜んで、尽くる所を知らざる画舫の列と――
0655名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:46:21.63ID:tjH3njgV
嗚呼、予は終生その夜、その半空に仰ぎたる煙火の明滅を記憶すると共に、右に大妓を擁し、左に雛妓を従へ、猥褻聞くに堪へざるの俚歌を高吟しつつ、傲然として涼棚の上に酣酔したる、かの肥大豕の如き満村恭平をも記憶す可し。
0656名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:46:37.39ID:tjH3njgV
否、否、彼の黒絽の羽織に抱明姜の三つ紋ありしさへ、今に至つて予は忘却する能はざるなり。
0658名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:47:08.74ID:tjH3njgV
予が殺人の動機なるものは、その発生の当初より、断じて単なる嫉妬の情にあらずして、寧不義を懲し不正を除かんとする道徳的憤激に存せし事を。
0659名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:47:24.41ID:tjH3njgV
爾来予は心を潜めて、満村恭平の行状に注目し、その果して予が一夕の観察に悖らざる痴漢なりや否やを検査したり。
0660名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:47:40.16ID:tjH3njgV
幸にして予が知人中、新聞記者を業とするもの、啻に二三子に止らざりしを以て、彼が淫虐無道の行跡の如きも、その予が視聴に入らざるものは絶無なりしと云ふも妨げざる可し。
0661名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:47:55.88ID:tjH3njgV
予が先輩にして且知人たる成島柳北先生より、彼が西京祇園の妓楼に、雛妓の未春を懐かざるものを梳して、以て死に到らしめしを仄聞せしも、実に此間の事に属す。
0662名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:48:11.68ID:tjH3njgV
しかもこの無頼の夫にして、夙に温良貞淑の称ある夫人明子を遇するや、奴婢と一般なりと云ふに至つては、誰か善く彼を目して、人間の疫癘と做さざるを得んや。
0663名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:48:27.43ID:tjH3njgV
既に彼を存するの風を頽し俗を濫る所以なるを知り、彼を除くの老を扶け幼を憐む所以なるを知る。
0665名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:48:58.99ID:tjH3njgV
然れども若し是に止らんか、予は恐らく予が殺人の計画を実行するに、猶幾多の逡巡なきを得ざりしならん。
0666名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:49:14.78ID:tjH3njgV
幸か、抑亦不幸か、運命はこの危険なる時期に際して、予を予が年少の友たる本多子爵と、一夜墨上の旗亭柏屋に会せしめ、以て酒間その口より一場の哀話を語らしめたり。
0667名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:49:30.54ID:tjH3njgV
予はこの時に至つて、始めて本多子爵と明子とが、既に許嫁の約ありしにも関らず、彼、満村恭平が黄金の威に圧せられて、遂に破約の已む無きに至りしを知りぬ。
0669名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:50:02.09ID:tjH3njgV
かの酒燈一穂、画楼簾裡に黯淡たるの処、本多子爵と予とが杯を含んで、満村を痛罵せし当時を思へば、予は今に至つて自ら肉動くの感なきを得ず。
0670名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:50:17.86ID:tjH3njgV
されど同時に又、当夜人力車に乗じて、柏屋より帰るの途、本多子爵と明子との旧契を思ひて、一種名状す可らざる悲哀を感ぜしも、予は猶明に記憶する所なり。
0673名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:51:05.20ID:tjH3njgV
子爵の口吻より察するに、彼と明子とは、独り許嫁の約ありしのみならず、又実に相愛の情を抱きたるものの如し。
0676名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:51:52.50ID:tjH3njgV
偶明子の満村に嫁して、未一児を挙げざるは、恰も天意亦予が計画を扶くるに似たるの観あり。
0677名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:52:08.15ID:tjH3njgV
予はかの獣心の巨紳を殺害するの結果、予の親愛なる子爵と明子とが、早晩幸福なる生活に入らんとするを思ひ、自ら口辺の微笑を禁ずる事能はず。」
0679名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:52:39.59ID:tjH3njgV
予は幾度か周密なる思慮に思慮を重ねたるの後、漸くにして満村を殺害す可き適当なる場所と手段とを選定したり。
0681名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:53:11.11ID:tjH3njgV
卿等にして猶明治十二年六月十二日、独逸皇孫殿下が新富座に於て日本劇を見給ひしの夜、彼、満村恭平が同戯場よりその自邸に帰らんとするの途次、馬車中に於て突如病死したる事実を記憶せんか、予は新富座に於て満村の血色宜しからざる由を説き、
0684名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:53:58.40ID:tjH3njgV
彼は々たる紅球燈の光を浴びて、新富座の木戸口に佇みつつ、霖雨の中に奔馳し去る満村の馬車を目送するや、昨日の憤怨、今日の歓喜、均しく胸中に蝟集し来り、笑声嗚咽共に唇頭に溢れんとして、殆処の何処たる、時の何時たるを忘却したりき。
0685名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:54:14.16ID:tjH3njgV
しかもその彼が且泣き且笑ひつつ、蕭雨を犯し泥濘を踏んで、狂せる如く帰途に就きしの時、彼の呟いて止めざりしものは明子の名なりしをも忘るる事勿れ。――
0688名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:55:01.53ID:tjH3njgV
唯、或云ひ難き強烈なる感情は、予の全身を支配して、一霎時たりと雖も、予をして安坐せざらしむるを如何。
0693名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:56:20.14ID:tjH3njgV
満村の死因は警察医によりて、予の予想と寸分の相違もなく、脳出血の病名を与へられ、即刻地下六尺の暗黒に、腐肉を虫蛆の食としたるが如し。
0695名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:56:51.65ID:tjH3njgV
しかも仄聞する所によれば、明子はその良人の死に依りて、始めて蘇色ありと云ふにあらずや。
0696名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:57:07.42ID:tjH3njgV
予は満面の喜色を以て予の患者を診察し、閑あれば即本多子爵と共に、好んで劇を新富座に見たり。
0697名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:57:23.17ID:tjH3njgV
是全く予にとりては、予が最後の勝利を博せし、光栄ある戦場として、屡その花瓦斯とその掛毛氈とを眺めんとする、不思議なる欲望を感ぜしが為のみ。
0699名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:57:54.66ID:tjH3njgV
この幸福なる数ヶ月の経過すると共に、予は漸次予が生涯中最も憎む可き誘惑と闘ふ可き運命に接近しぬ。
0702名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:58:42.08ID:tjH3njgV
否、この遺書を認めつつある現在さへも、予は猶この水蛇の如き誘惑と、死を以て闘はざる可らず。
0703名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:58:57.73ID:tjH3njgV
卿等にして若し、予が煩悶の跡を見んと欲せば、請ふ、以下に抄録せんとする予が日記を一瞥せよ。
0704名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:59:13.50ID:tjH3njgV
「十月x日、明子、子なきの故を以て満村家を去る由、予は近日本多子爵と共に、六年ぶりにて彼女と会見す可し。
0705名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 04:59:29.26ID:tjH3njgV
帰朝以来、始予は彼女を見るの己の為に忍びず、後は彼女を見るの彼女の為に忍びずして、遂に荏苒今日に及べり。
0713名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:01:35.45ID:tjH3njgV
明子は容色の幾分を減却したれども、猶紫藤花下に立ちし当年の少女を髣髴するは、未必しも難事にあらず。
0724名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:04:28.71ID:tjH3njgV
去年今月今日、予が手に仆れたる犠牲を思へば、予は観劇中も自ら会心の微笑を禁ぜざりき。
0725名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:04:44.36ID:tjH3njgV
されど同座より帰途、予がふと予の殺人の動機に想到するや、予は殆帰趣を失ひたるかの感に打たれたり。
0730名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:06:03.27ID:tjH3njgV
馬車の窓より洩るる燈光に、明子の明眸の更に美しかりしは、殆予をして傍に子爵あるを忘れしめぬ。
0742名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:09:12.62ID:tjH3njgV
その憤怒たるや、恰も一度遁走せし兵士が、自己の怯懦に対して感ずる羞恥の情に似たるが如し。
0743名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:09:28.39ID:tjH3njgV
「十二月x日、予は子爵の請に応じて、之をその病床に見たり、明子亦傍にありて、夜来発熱甚しと云ふ。
0749名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:11:02.92ID:tjH3njgV
「二月x日、嗚呼予は今にして始めて知る、予が子爵を殺害せざらんが為には、予自身を殺害せざる可らざるを。
0753名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:12:05.95ID:tjH3njgV
されど予にして若し予自身を救はんが為に、本多子爵を殺さんか、予は予が満村恭平を屠りし理由を如何の地にか求む可けん。
0754名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:12:21.72ID:tjH3njgV
若し又彼を毒殺したる理由にして、予の自覚せざる利己主義に伏在したるものと做さんか、予の人格、予の良心、予の道徳、予の主張は、すべて地を払つて消滅す可し。
0759名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:13:40.43ID:tjH3njgV
本多子爵閣下、並に夫人、予は如上の理由の下に、卿等がこの遺書を手にするの時、既に死体となりて、予が寝台に横はらん。
0760名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:13:56.08ID:tjH3njgV
唯、死に際して、縷々予が呪ふ可き半生の秘密を告白したるは、亦以て卿等の為に聊自ら潔せんと欲するが為のみ。
0767名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:15:46.38ID:tjH3njgV
斯くして予はかの肥大豕に似たる満村恭平の如く、車窓の外に往来する燈火の光を見、車蓋の上に蕭々たる夜雨の音を聞きつつ、新富座を去る事甚遠からずして、必予が最期の息を呼吸す可し。
0768名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:16:02.15ID:tjH3njgV
卿等亦明日の新聞を飜すの時、恐らくは予が遺書を得るに先立つて、ドクトル北畠義一郎が脳出血病を以て、観劇の帰途、馬車内に頓死せしの一項を読まんか。
0790名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:21:48.34ID:tjH3njgV
彼等はとうとう愛想をつかし、気の強い女中に言ひつけて猫を山の中へ捨てさせてしまつた。
0797名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:23:38.44ID:tjH3njgV
桜の実、笹餅、土瓶へ入れた河鹿が十六匹、それから土瓶の蔓に結びつけた走り書きの手紙が一本。
0807名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:26:16.23ID:tjH3njgV
私達のゐた棧橋にはやはり修学旅行に来たらしい、どこか外の小学校の生徒も大勢わいわい言つてゐました。
0809名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:26:47.74ID:tjH3njgV
黒い詰襟の洋服を着た二十四五の先生が一人、(いえ、わたしの学校の先生ではありません。)
0812名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:27:34.88ID:tjH3njgV
その先生は暫くたつてから、わたしの学校の先生がわたしを受けとりにやつて来た時、何度もかう言つてあやまつてゐました。――
0815名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:28:21.90ID:tjH3njgV
わたしはずゐぶん驚きましたし、怖いやうにも思ひましたけれども、その外にまだ何となく嬉しい気もしたやうに覚えてゐます。
0816名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:28:37.54ID:tjH3njgV
或電車の運転手が一人、赤旗を青旗に見ちがへたと見え、いきなり電車を動かしてしまつた。
0827名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:31:30.12ID:tjH3njgV
扨その帯が出来上つて見ると、それは註文主のお上さんには勿論、若い呉服屋の主人にも派手過ぎると思はずにはゐられぬものだつた。
0832名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:32:48.82ID:tjH3njgV
お上さんはやむを得ずその帯を見せ、実際は百五十円払つたのに芸者には値段を百二十円に話した。
0833名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:33:04.57ID:tjH3njgV
それは芸者の顔色でも、やはり派手過ぎると思つてゐることは、はつきりお上さんにわかつた為だつた。
0851名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:37:48.49ID:tjH3njgV
或はこれも不幸だつたことには彼もいざとなつて見ると、冷かに3と別れることは出来ない心もちに陥つてゐた。
0853名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:38:20.04ID:tjH3njgV
彼女も亦4と遠出をする度に耳慣れない谷川の音などを聞き、時々彼のことを思ひ出してゐる。……
0858名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:39:38.57ID:tjH3njgV
けれどもあいつが生きてゐる時と少しも変らない姿をして立つてゐたり何かするのが恐しいのです。
0860名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:40:10.09ID:tjH3njgV
僕は十一か十二の時、空き箱を積んだ荷車が一台、坂を登らうとしてゐるを見、後ろから押してやらうとした。
0871名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:43:03.49ID:tjH3njgV
が、この男は前こごみになり、炭俵を肩へ上げながら、誰か人間にでも話しかけるやうに「こん畜生、いやに気を利かしやがつて。
0884名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:46:28.43ID:tjH3njgV
それが家へ帰つて見ると、やつぱり隣の小屋にゐましたから、(尤も前よりは肥つてゐました。)
0888名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:47:31.23ID:tjH3njgV
たとへば宿屋に泊まつた時、そこの番頭や女中たちがわたしに愛想よくお時宜をするでせう。
0890名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:48:02.68ID:tjH3njgV
わたしはあれを見てゐると何だか後から来た客に反感を持たずにはゐられないのです。」――
0892名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:48:34.20ID:tjH3njgV
彼は彼女と夫婦になつた後、彼女に今までの彼に起つた、あらゆる情事を打ち明けることにした。
0904名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:51:42.99ID:tjH3njgV
彼はエデインバラに留学中、電車に飛び乗らうとして転げ落ち、人事不省になつてしまつた。
0907名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:52:30.32ID:tjH3njgV
彼はそれ以来別人のやうに彼の語学力に確信を持ち、とうとう名高い英語学者になつた。――
0910名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:53:17.76ID:tjH3njgV
「うちの息子は学問をして日本語はすつかり知り悉してしまひましたから、今度はわざわざ西洋へ行つて『いろは字引』
0914名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:54:20.86ID:tjH3njgV
彼は商売上の用向きの為に二三日北京に滞在するのを幸ひ、久しぶりに彼女に会つて見ることにした。
0918名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:55:23.93ID:tjH3njgV
しかし又一つには今の檀那に彼女の息子が尋ねて来たことを隠したかつた為にも違ひなかつた。
0920名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:55:55.30ID:tjH3njgV
が、翌日になつて見ると、親子の情などと云ふことを考へ、何か彼に素つ気なかつたのをすまないやうにも感じ出した。
0922名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:56:26.72ID:tjH3njgV
彼女は日暮れにならないうちにと思ひ、薄汚い支那の人力車に乗つて彼のゐる旅館へ尋ねて行つた。
0933名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:59:19.91ID:tjH3njgV
僕は暫く君と共に天下の文芸を論じなかつた為めか、君の文を読んだ時に一撃を加へたい欲望を感じた。
0935名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 05:59:51.41ID:tjH3njgV
どうかふだんの君のやうに、怒髪を天に朝せしめると同時に、内心は君の放つた矢は確かに手答へのあつたことを満足に思つてくれ給へ。
0937名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 06:00:22.77ID:tjH3njgV
又「芸術などといふものはその本来の性質からして、清閑の所産であるべきものだとは思ふ」
0943名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 06:01:57.37ID:tjH3njgV
まことに清閑は芸術の鑑賞並びにその創作の上には必要条件の一つに数へられなければならぬ。
0949名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 06:03:31.75ID:tjH3njgV
金のあるなしにかかはらず、現在のやうな社会的環境の中では清閑なんか得られないのである。
0959名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 06:06:09.60ID:tjH3njgV
しかし中村君は不幸にも清閑を可能ならしめる心境以外に、清閑を不可能ならしめる他の原因を認めてゐる。
0961名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 06:06:41.01ID:tjH3njgV
電車や自動車や、飛行機の響きを聞き、新聞雑誌の中に埋もれながら、たとへ金があつたところで、昔の人人が浸つた「清閑」
0972名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 06:09:34.24ID:tjH3njgV
かう云ふ社会的環境の中に人となつた君や僕はかう云ふ社会的環境の外に安住の天地のある訣はない。
0977名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 06:10:52.91ID:tjH3njgV
中村君は更に「それでは清閑の無いやうな現代の生活からは、芸術を望むことは出来ないかと云ふと、私は必しもさうではないと思ふのである。
0978名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 06:11:08.70ID:tjH3njgV
芸術なんか、その内容でも形式でも、どんな時代のどんな境地からでも生れるやうに、流通自在のものである。
0982名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 06:12:11.67ID:tjH3njgV
が、同感であると云ふ意味は必しも各時代の芸術を、いづれもその時代の芸術であるから、平等に認めると云ふ意味ではない。
0983名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 06:12:27.44ID:tjH3njgV
レオナルド・ダ・ヴインチの作品は十五世紀の伊太利の芸術である、未来派の画家の作品は二十世紀の伊太利の芸術である。
0988名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 06:13:45.97ID:tjH3njgV
とか、清少納言や兼好法師の生きた時代には、ああした随筆が生れ、また現在の時代には、現在の時代に適応した随筆の出現するのは已むを得ない。
0993名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 06:15:04.69ID:tjH3njgV
観潮楼や、断腸亭や、漱石や、あれはあれで打ち留めにして置いて、岡栄一郎氏、佐佐木味津三氏などの随筆でも、それはそれで新らしい時代の随筆で結構ではないか。」
0996名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 06:15:52.11ID:tjH3njgV
それはまあ日ごろ敬愛する両氏のことでもあるしするから、時代の差ばかりにしても差支へはない。
0997名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 06:16:07.75ID:tjH3njgV
が、大義の存する所、親を滅するを顧みなければ、必しもさうばかりは云はれぬやうである。
0998名無しさん@120分待ち垢版2018/03/15(木) 06:16:23.39ID:tjH3njgV
況や両氏の作品にもはるかに及ばない随筆には如何に君に促されたにもせよ、到底讃辞を奉ることは出来ない。
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