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0008名無しさん@120分待ち垢版2017/11/18(土) 04:00:41.40ID:GDs3by7t
ドキンちゃん役の人がお亡くなりに
0009名無しさん@120分待ち垢版2018/03/05(月) 17:58:31.91ID:4WXLQ82m
知り合いから教えてもらったPCさえあれば幸せ小金持ちになれるノウハウ
暇な人は見てみるといいかもしれません
グーグル検索⇒『金持ちになりたい 鎌野介メソッド』

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0011名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:00:13.85ID:gz4R0DMw
彼は赤誠の人也、彼は熱情の人也、願くは頼朝の彼と戦を交へむとしたるに際し、彼が頼朝に答へたる言を聞け。
0013名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:00:45.34ID:gz4R0DMw
公今干戈を動かさむとす、一門相攻伐するが如き、是源氏の不幸にして、しかも平氏をして愈虚に乗ぜしむるもの也。
0017名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:01:48.25ID:gz4R0DMw
啻に辞を低うするに止らず、一片稜々の意気止むべからずして愛子を頼朝の手に委したるが如き、赤誠の人を撼す、真に銀河の九天より落つるが如き概あり。
0026名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:04:09.97ID:gz4R0DMw
彼の群下に対する、唯意気相傾け、痛涙相流るゝところ、烈々たる熱情の直に人をして知遇の感あらしむるによるのみ。
0027名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:04:25.77ID:gz4R0DMw
彼が旗下の桃李寥々たりしにも関らず、四郎兼平の如き、次郎兼光の如き、はた大弥太行親の如き、一死を以て彼に報じたる、是を源頼朝が源九郎を赤族し、蒲冠者を誅戮し、蔵人行家を追殺し、彼等をして高鳥尽きて良弓納めらるゝの思をなさしめたるに比すれば、
0034名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:06:16.25ID:gz4R0DMw
李林甫の半夜高堂に黙思するや、明日必殺ありしと云ふが如き、豈此間の消息を洩すものにあらずや。
0035名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:06:31.87ID:gz4R0DMw
然りと雖も、三軍を率ゐて逐鹿を事とす、眼の人たらざるも或は可、手の人たらざるも亦或は可、唯若し涙の人たらざるに至つては、断じて将帥の器を以てゆるす可からず、以て大樹の任に堪ふ可からず。
0037名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:07:03.40ID:gz4R0DMw
而して彼に帰服せる七州の健児は、彼の涙によりて激励せられ鼓吹せられ、よく赤幟幾万の大軍を撃破したり。
0038名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:07:19.14ID:gz4R0DMw
しかも彼の京師に入るや、彼は其甲冑を脱して、長裾を曳かざる可からざるの位置に立ちたりき。
0044名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:08:53.51ID:gz4R0DMw
彼は到底、袍衣大冠して廟廊の上に周旋するの材にあらず、其政治家として失敗したる亦宜ならずとせむや。
0045名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:09:09.27ID:gz4R0DMw
寿永革命史中、経世的手腕ある建設的革命家としての標式は、吾人之を独り源兵衛佐頼朝に見る。
0046名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:09:25.01ID:gz4R0DMw
彼が朝家に処し、平氏に処し、諸国の豪族に処し、南都北嶺に処し、守護地頭の設置に処し、鎌倉幕府の建設に処するを見る、飽く迄も打算的に飽く迄も組織的に、天下の事を断ずる、誠に快刀を以て乱麻をたつの概ありしものの如し。
0052名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:10:59.29ID:gz4R0DMw
而して彼が一方に於て相たるの器にあらざると共に、他方に於て将たるの材を具へたるは、則ち義仲の義仲たる所以、彼が革命の健児中の革命の健児たる所以にあらずや。
0054名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:11:30.79ID:gz4R0DMw
彼が弓箭を帯して禁闕を守るや、時人は「色白うみめはよい男にてありけれど、起居振舞の無骨さ、物云ひたる言葉つきの片口なる事限りなし」
0055名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:11:46.52ID:gz4R0DMw
葡萄美酒夜光杯、珊瑚の鞭を揮つて青草をふみしキヤバリオルの眼よりして、此木曾山間のラウンドヘツドを見る、彼等が義仲を「袖のかゝり、指貫のりんに至るまでかたくななることかぎりなし」
0061名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:13:21.03ID:gz4R0DMw
然れども、彼が自我の流露に任せて得むと欲するを得、為さむと欲するを為せる、公々然として其間何等の粉黛の存するを許さざりき。
0067名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:14:55.45ID:gz4R0DMw
彼は鼓判官知康の院宣を持して来れるに問ひて「わどのを鼓判官と云ふは、万の人に打たれたうたか、張られたうたか」
0071名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:15:58.62ID:gz4R0DMw
彼は「田舎合子の、きはめて大に、くぼかりけるに飯うづたかくよそひて、御菜三種して平茸の汁にて」
0073名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:16:30.15ID:gz4R0DMw
而して黄門の之を食せざるを見るや、「猫殿は小食にておはすよ、聞ゆる猫おろしし給ひたり、掻き給へ/\や」
0079名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:18:04.67ID:gz4R0DMw
換言すれば彼は唯、当代のキヤバリオルが、其玉杯緑酒と共に重じたる無意味なる礼儀三千を縦横に、蹂躙し去りたるに過ぎざる也。
0085名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:19:39.13ID:gz4R0DMw
彼は国家経綸の大綱を提げ、蒼生をして衆星の北斗に拱ふが如くならしむるカブールが大略あるにあらず。
0093名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:21:45.12ID:gz4R0DMw
しかも彼は其炎々たる革命的精神と不屈不絆の野快とを以て、個性の自由を求め、新時代の光明を求め、人生に与ふるに新なる意義と新なる光栄とを以てしたり。
0104名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:24:38.30ID:gz4R0DMw
春風秋雨七百歳、今や、聖朝の徳沢一代に光被し、新興の気運隆々として虹霓の如く、昇平の気象将に天地に満ちむとす。
0105名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:24:53.99ID:gz4R0DMw
蒼生鼓腹して治を楽む、また一の義仲をして革命の暁鐘をならさしむるの機なきは、昭代の幸也。
0131名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:31:43.46ID:gz4R0DMw
これは銘仙だか大島だか判然しない着物を着た、やはり年少の豪傑が抛りつけた評語である。
0135名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:32:46.42ID:gz4R0DMw
所が三度目には肩幅の広い、縞の粗い背広を着た男が、にやりにやり笑ひながら、半ば同情のある評語を下した。
0156名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:38:16.95ID:gz4R0DMw
僕のタクシイのへツド・ライトがぼんやりその車を照らしたのを見ると、それは金色の唐艸をつけた、葬式に使ふ自動車だつた。
0165名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:40:38.54ID:gz4R0DMw
大正十四年の夏、僕は菊池寛、久米正雄、植村宋一、中山太陽堂社長などと築地の待合に食事をしてゐた。
0172名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:42:28.66ID:gz4R0DMw
その証拠には実在の僕は目を開いてゐたのにも関らず、幻の僕は目をつぶつた上、稍仰向いてゐたのである。
0180名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:44:34.58ID:gz4R0DMw
大正十五年の正月十日、僕はやはりタクシイに乗り、本郷通りを一高の横から藍染橋へ下らうとしてゐた。
0181名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:44:50.20ID:gz4R0DMw
するとあの唐艸をつけた、葬式に使ふ自動車が一台、もう一度僕のタクシイの前にぼんやりと後ろを現し出した。
0187名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:46:24.49ID:gz4R0DMw
先生が俊爽の才、美人を写して化を奪ふや、太真閣前、牡丹に芬芬の香を発し、先生が清超の思、神鬼を描いて妙に入るや、鄒湛宅外、楊柳に啾啾の声を生ずるは已に天下の伝称する所、我等亦多言するを須ひずと雖も、其の明治大正の文芸に羅曼主義の大道を打開し、
0188名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:46:40.24ID:gz4R0DMw
艶は巫山の雨意よりも濃に、壮は易水の風色よりも烈なる鏡花世界を現出したるは啻に一代の壮挙たるのみならず、又実に百世に炳焉たる東西芸苑の盛観と言ふ可し。
0190名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:47:11.80ID:gz4R0DMw
経には江戸三百年の風流を呑却して、万変自ら寸心に溢れ、緯には海東六十州の人情を曲尽して、一息忽ち千載に通ず。
0193名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:47:59.12ID:gz4R0DMw
加之先生の識見、直ちに本来の性情より出で、夙に泰西輓近の思想を道破せるもの勘からず。
0194名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:48:14.89ID:gz4R0DMw
其の邪を罵り、俗を嗤ふや、一片氷雪の気天外より来り、我等の眉宇を撲たんとするの概あり。
0195名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:48:30.65ID:gz4R0DMw
試みに先生等身の著作を以て仏蘭西羅曼主義の諸大家に比せんか、質は天七宝の柱、メリメエの巧を凌駕す可く、量は抜地無憂の樹、バルザツクの大に肩随す可し。
0198名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:49:17.92ID:gz4R0DMw
然りと雖も、其一半は兀兀三十余年の間、文学三昧に精進したる先生の勇猛に帰せざる可からず。
0201名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:50:05.17ID:gz4R0DMw
往昔自然主義新に興り、流俗の之に雷同するや、塵霧屡高鳥を悲しましめ、泥沙頻に老龍を困しましむ。
0204名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:50:52.36ID:gz4R0DMw
我等皆心織筆耕の徒、市に良驥の長鳴を聞いて知己を誇るものに非ずと雖も、野に白鶴の廻飛を望んで壮志を鼓せること幾回なるを知らず。
0209名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:52:11.16ID:gz4R0DMw
十五巻を編し、巨霊神斧の痕を残さんとするに当り我等知を先生に辱うするもの敢て劣の才を以て参丁校対の事に従ふ。
0210名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:52:26.95ID:gz4R0DMw
微力其任に堪へずと雖も、当代の人目を聳動したる雄篇鉅作は問ふを待たず、治く江湖に散佚せる万顆の零玉細珠を集め、一も遺漏無からんことを期せり。
0214名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:53:30.02ID:gz4R0DMw
を得て後、先生が日光晶徹の文、哀歓双双人生を照らして、春水欄前に虚碧を漾はせ、春水雲外に乱青を畳める未曾有の壮観を恣にす可し。
0225名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 02:56:22.96ID:gz4R0DMw
婆さんを殺した古狸はその婆さんに化けた上狸の肉を食はせる代りに婆さんの肉を食はせたのです。
0257名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:04:46.87ID:gz4R0DMw
小林君が洋傘で指さした方を見ると、成程もぢやもぢや生え繁つた初夏の雑木の梢が鷹ヶ峯の左の裾を、鬱陶しく隠してゐる。
0258名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:05:02.58ID:gz4R0DMw
あれがなくなつたら、山ばかりでなく、向うに光つてゐる大竹藪もよく見えるやうになるだらう。
0261名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:05:49.78ID:gz4R0DMw
その中に一つ、銀の桔梗と金の薄とが入り乱れた上に美しい手蹟で歌を書いた、八寸四方位の小さな軸がある。
0265名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:06:52.98ID:gz4R0DMw
自分は敷島を啣へて、まだ仏頂面をしてゐたが、やはりこの絵を見てゐると、落着きのある、朗な好い心もちになつて来た。
0271名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:08:27.74ID:gz4R0DMw
一体光悦をどう思つてゐるのだか、光悦寺をどう思つてゐるのだか、もう一つ序に鷹ヶ峯をどう思つてゐるのだか、かうなると、到底自分には分らない。
0272名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:08:43.42ID:gz4R0DMw
そんなに茶席が建てたければ、茶屋四郎次郎の邸跡や何かの麦畑でも、もつと買占めて、むやみに囲ひを並べたらよからう。
0279名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:10:33.59ID:gz4R0DMw
自分は依然として仏頂面をしながら、小林君と一しよに竹藪の後に立つてゐる寂しい光悦寺の門を出た。
0280名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:10:49.20ID:gz4R0DMw
或雨あがりの晩に車に乗つて、京都の町を通つたら、暫くして車夫が、どこへつけますとか、どこへつけやはりますとか、何とか云つた。
0281名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:11:04.94ID:gz4R0DMw
どこへつけるつて、宿へつけるのにきまつてゐるから、宿だよ、宿だよと桐油の後から、二度ばかり声をかけた。
0285名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:12:07.78ID:gz4R0DMw
しかもその名前なるものが、甚平凡を極めてゐるのだから、それだけでは、いくら賢明な車夫にしても到底満足に帰られなからう。
0289名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:13:10.55ID:gz4R0DMw
自分は大へんな所へ来たと思つたから、こんな田舎ぢやないよ、横町を二つばかり曲ると、四条の大橋へ出る所なんだと説明した。
0291名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:13:42.04ID:gz4R0DMw
そこでへええ、さうかね、ぢやもう少し賑かな方へ行つて見てくれ、さうしたら分るだらうと、まあ一時を糊塗して置いた。
0292名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:13:57.77ID:gz4R0DMw
所がその儘、車が動き出して、とつつきの横丁を左へ曲つたと思ふと、突然歌舞練場の前へ出てしまったから奇体である。
0293名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:14:13.54ID:gz4R0DMw
それも丁度都踊りの時分だつたから、両側には祗園団子の赤い提灯が、行儀よく火を入れて並んでゐる。
0295名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:14:45.10ID:gz4R0DMw
が、あの暗を払つてゐる竹藪と、この陽気な色町とが、向ひ合つてゐると云ふ事は、どう考へても、嘘のやうな気がした。
0296名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:15:01.12ID:gz4R0DMw
その後、宿へは無事に辿りついたが、当時の狐につままれたやうな心もちは、今日でもはつきり覚えてゐる。……
0301名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:16:19.91ID:gz4R0DMw
殊に今云つた建仁寺の竹藪の如きは、その後も祗園を通りぬける度に、必ず棒喝の如く自分の眼前へとび出して来たものである。……
0305名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:17:22.92ID:gz4R0DMw
もう一つ形容すると、始めから琳派の画工の筆に上る為に、生えて来た竹だと云ふ気がする。
0307名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:17:54.41ID:gz4R0DMw
何なら祗園のまん中にでも、光悦の蒔絵にあるやうな太いやつが二三本、玉立してゐてくれたら、猶更以て結構だと思ふ。
0309名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:18:26.07ID:gz4R0DMw
大阪へ行つて、龍村さんに何か書けと云はれた時、自分は京都の竹を思ひ出して、こんな句を書いた。
0311名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:18:57.59ID:gz4R0DMw
上木屋町のお茶屋で、酒を飲んでゐたら、そこにゐた芸者が一人、むやみにはしやぎ廻つた。
0313名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:19:29.11ID:gz4R0DMw
少し気味が悪くなつたから、その方の相手を小林君に一任して、隣にゐた舞妓の方を向くと、これはおとなしく、椿餅を食べてゐる。
0314名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:19:44.87ID:gz4R0DMw
生際の白粉が薄くなつて、健康らしい皮膚が、黒く顔を出してゐる丈でも、こつちの方が遙に頼もしい気がする。
0320名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:21:19.27ID:gz4R0DMw
何でも文句は半切に書いたのが内にしまつてあつて、それを見ながらでないと、理想的には歌へないのださうである。
0323名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:22:06.76ID:gz4R0DMw
その色々の声が、大津絵を補綴して行く工合は、丁度張り交ぜの屏風でも見る時と、同じやうな心もちだつた。
0331名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:24:12.52ID:gz4R0DMw
が、花簪が傾いたり、だらりの帯が動いたり、舞扇が光つたりして、甚綺麗だつたから、鴨ロオスを突つきながら、面白がて眺めてゐた。
0333名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:24:44.04ID:gz4R0DMw
舞妓は風を引いてゐたと見えて、下を向くやうな所へ来ると、必ず恰好の好い鼻の奥で、春泥を踏むやうな音がかすかにした。
0335名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:25:15.44ID:gz4R0DMw
自分は酔つてゐて、妙に嬉しかつたから、踊がすむと、その舞妓に羊羹だの椿餅だのをとつてやつた。
0336名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:25:31.19ID:gz4R0DMw
もし舞妓にきまりの悪い思ひをさせる惧がなかつたなら、お前は丁度五度鼻洟を啜つたぜと、云つてやりたかつた位である。
0345名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:27:52.55ID:gz4R0DMw
自分は東京を出て以来、この派手なお茶屋の中で、始めて旅愁らしい、寂しい感情を味つた。
0350名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:29:11.50ID:gz4R0DMw
は古来洽く欧洲天主教国に流布した聖人行状記の一種であるから、予の「れげんだ・おうれあ」
0352名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:29:43.04ID:gz4R0DMw
伝中殆ど滑稽に近い時代錯誤や場所錯誤が続出するが、予は原文の時代色を損ふまいとした結果、わざと何等の筆削をも施さない事にした。
0357名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:31:01.54ID:gz4R0DMw
ほどな大男は、御主の日輪の照らさせ給ふ天が下はひろしと云へ、絶えて一人もおりなかつたと申す。
0360名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:31:48.87ID:gz4R0DMw
まいて手足はさながら深山の松檜にまがうて、足音は七つの谷々にも谺するばかりでおぢやる。
0361名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:32:04.63ID:gz4R0DMw
さればその日の糧を猟らうにも、鹿熊なんどのたぐひをとりひしぐは、指の先の一ひねりぢや。
0362名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:32:20.38ID:gz4R0DMw
又は折ふし海べに下り立つて、すなどらうと思ふ時も、海松房ほどな髯の垂れた顋をひたと砂につけて、ある程の水を一吸ひ吸へば、鯛も鰹も尾鰭をふるうて、ざはざはと口へ流れこんだ。
0363名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:32:36.16ID:gz4R0DMw
ぢやによつて沖を通る廻船さへ、時ならぬ潮のさしひきに漂はされて、水夫楫取の慌てふためく事もおぢやつたと申し伝へた。
0364名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:32:51.92ID:gz4R0DMw
は、性得心根のやさしいものでおぢやれば、山ずまひの杣猟夫は元より、往来の旅人にも害を加へたと申す事はおりない。
0365名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:33:07.56ID:gz4R0DMw
反つて杣の伐りあぐんだ樹は推し倒し、猟夫の追ひ失うた毛物はとつておさへ、旅人の負ひなやんだ荷は肩にかけて、なにかと親切をつくいたれば、遠近の山里でもこの山男を憎まうずものは、誰一人おりなかつた。
0366名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:33:23.30ID:gz4R0DMw
中にもとある一村では、羊飼のわらんべが行き方知れずになつた折から、夜さりそのわらんべの親が家の引き窓を推し開くものがあつたれば、驚きまどうて上を見たに、箕ほどな「れぷろぼす」
0367名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:33:39.07ID:gz4R0DMw
の掌が、よく眠入つたわらんべをかいのせて、星空の下から悠々と下りて来たこともおぢやると申す。
0371名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:34:42.17ID:gz4R0DMw
さるほどにある日のこと、杣の一むれが樹を伐らうずとて、檜山ふかくわけ入つたに、この山男がのさのさと熊笹の奥から現れたれば、もてなし心に落葉を焚いて、徳利の酒を暖めてとらせた。
0373名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:35:13.71ID:gz4R0DMw
は大きに悦んだけしきで、頭の中に巣食うた四十雀にも、杣たちの食み残いた飯をばらまいてとらせながら、大あぐらをかいて申したは、
0374名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:35:29.47ID:gz4R0DMw
「それがしも人間と生れたれば、あつぱれ功名手がらをも致いて、末は大名ともならうずる。」
0379名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:36:48.20ID:gz4R0DMw
それがしは日頃山ずまひのみ致いて居れば、どの殿の旗下に立つて、合戦を仕らうやら、とんと分別を致さうやうもござない。
0387名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:38:54.37ID:gz4R0DMw
とて、小山のやうな身を起いたが、ここに不思議がおぢやつたと申すは、頭の中に巣食うた四十雀が、一時にけたたましい羽音を残いて、空に網を張つた森の梢へ、雛も余さず飛び立つてしまうた事ぢや。
0388名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:39:10.15ID:gz4R0DMw
それが斜に枝を延いた檜のうらに上つたれば、とんとその樹は四十雀が実のつたやうぢやとも申さうず。
0389名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:39:25.98ID:gz4R0DMw
はこの四十雀のふるまひを、訝しげな眼で眺めて居つたが、やがて又初一念を思ひ起いた顔色で、足もとにつどうた杣たちにねんごろな別をつげてから、再び森の熊笹を踏み開いて、元来たやうにのしのしと、山奥へ独り往んでしまうた。
0390名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:39:41.76ID:gz4R0DMw
が大名にならうず願望がことは、間もなく遠近の山里にも知れ渡つたが、ほど経て又かやうな噂が、風のたよりに伝はつて参つた。
0391名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:39:57.55ID:gz4R0DMw
と申すは国ざかひの湖で、大ぜいの漁夫たちが泥に吸はれた大船をひきなづんで居つた所に、怪しげな山男がどこからか現れて、その船の帆柱をむずとつかんだと見てあれば、苦もなく岸へひきよせて、一同の驚き呆れるひまに、早くも姿をかくしたと云ふ噂ぢや。
0394名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:40:44.85ID:gz4R0DMw
の国中から退散したことを悟つたれば、西空に屏風を立てまはした山々の峰を仰ぐ毎に、限りない名残りが惜しまれて、自らため息がもれたと申す。
0395名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:41:00.61ID:gz4R0DMw
まいてあの羊飼のわらんべなどは、夕日が山かげに沈まうず時は、必村はづれの一本杉にたかだかとよぢのぼつて、下につどうた羊のむれも忘れたやうに、「れぷろぼす」
0398名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:41:47.66ID:gz4R0DMw
が、如何なる仕合せにめぐり合うたか、右の一条を知らうず方々はまづ次のくだりを読ませられい。
0402名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:42:50.55ID:gz4R0DMw
の都と申すは、この頃天が下に並びない繁華の土地がらゆゑ、山男が巷へはいるや否や、見物の男女夥しうむらがつて、はては通行することも出来まじいと思はれた。
0403名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:43:06.29ID:gz4R0DMw
もとんと行かうず方角を失うて、人波に腰を揉まれながら、とある大名小路の辻に立ちすくんでしまうたに、折よくそこへ来かかつたは、帝の御輦をとりまいた、侍たちの行列ぢや。
0404名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:43:22.08ID:gz4R0DMw
見物の群集はこれに先を追はれて、山男を一人残いた儘、見る見る四方へ遠のいてしまうた。
0411名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:45:12.10ID:gz4R0DMw
の姿に胆をけして、先手は既に槍薙刀の鞘をも払はうずけしきであつたが、この殊勝な言を聞いて、異心もあるまじいものと思ひつらう、とりあへず行列をそこに止めて、供頭の口からその趣をしかじかと帝へ奏聞した。
0417名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:46:46.59ID:gz4R0DMw
ぢやによつて帝の行列の後から、三十人の力士もえ舁くまじい長櫃十棹の宰領を承つて、ほど近い御所の門まで、鼻たかだかと御供仕つた。
0419名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:47:18.11ID:gz4R0DMw
が、山ほどな長櫃を肩にかけて、行列の人馬を目の下に見下しながら、大手をふつてまかり通つた異形奇体の姿こそ、目ざましいものでおぢやつたらう。
0422名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:48:05.31ID:gz4R0DMw
の帝の御所を守護する役者の身となつたが、幸ここに功名手がらを顕さうず時節が到来したと申すは、ほどなく隣国の大軍がこの都を攻めとらうと、一度に押し寄せて参つたことぢや。
0423名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:48:21.06ID:gz4R0DMw
元来この隣国の大将は、獅子王をも手打ちにすると聞えた、万夫不当の剛の者でおぢやれば、「あんちおきや」
0431名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:50:26.83ID:gz4R0DMw
かくと見た敵の軍勢は、元より望むところの合戦ぢやによつて、なじかは寸刻もためらはう。
0432名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:50:42.48ID:gz4R0DMw
野原を蔽うた旗差物が、俄に波立つたと見てあれば、一度にどつと鬨をつくつて、今にも懸け合はさうずけしきに見えた。
0435名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:51:29.87ID:gz4R0DMw
山男がこの日の出で立ちは、水牛の兜に南蛮鉄の鎧を着下いて、刃渡り七尺の大薙刀を柄みじかにおつとつたれば、さながら城の天主に魂が宿つて、大地も狭しと揺ぎ出いた如くでおぢやる。
0437名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:52:01.19ID:gz4R0DMw
は両軍の唯中に立ちはだかると、その大薙刀をさしかざいて、遙に敵勢を招きながら、雷のやうな声で呼はつたは、
0441名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:53:04.21ID:gz4R0DMw
辱くも今日は先手の大将を承り、ここに軍を出いたれば、われと思はうずるものどもは、近う寄つて勝負せよやつ。」
0443名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:53:35.51ID:gz4R0DMw
と聞えたが、鱗綴の大鎧に銅の矛を提げて、百万の大軍を叱陀したにも、劣るまじいと見えたれば、さすが隣国の精兵たちも、しばしがほどは鳴を静めて、出で合うずものもおりなかつた。
0445名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:54:07.03ID:gz4R0DMw
美々しい物の具に三尺の太刀をぬきかざいて、竜馬に泡を食ませながら、これも大音に名乗りをあげて、まつしぐらに「れぷろぼす」
0446名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:54:22.79ID:gz4R0DMw
なれどもこなたはものともせいで、大薙刀をとりのべながら、二太刀三太刀あしらうたが、やがて得物をからりと捨てて、猿臂をのばいたと見るほどに、早くも敵の大将を鞍壺からひきぬいて、目もはるかな大空へ、礫の如く投げ飛ばいた。
0447名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:54:38.53ID:gz4R0DMw
その敵の大将がきりきりと宙に舞ひながら、味方の陣中へどうと落ちて、乱離骨灰になつたのと、「あんちおきや」
0448名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:54:54.33ID:gz4R0DMw
の同勢が鯨波の声を轟かいて、帝の御輦を中にとりこめ、雪崩の如く攻めかかつたのとが、間に髪をも入れまじい、殆ど同時の働きぢや。
0449名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:55:10.08ID:gz4R0DMw
されば隣国の軍勢は、一たまりもなく浮き足立つて、武具馬具のたぐひをなげ捨てながら、四分五裂に落ち失せてしまうた。
0451名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:55:41.39ID:gz4R0DMw
の帝がこの日の大勝利は、味方の手にとつた兜首の数ばかりも、一年の日数よりは多かつたと申すことでおぢやる。
0452名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:55:57.04ID:gz4R0DMw
ぢやによつて帝は御悦び斜ならず、目でたく凱歌の裡に軍をめぐらされたが、やがて「れぷろぼす」
0453名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:56:12.80ID:gz4R0DMw
には大名の位を加へられ、その上諸臣にも一々勝利の宴を賜つて、ねんごろに勲功をねぎらはれた。
0455名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:56:44.21ID:gz4R0DMw
当時国々の形儀とあつて、その夜も高名な琵琶法師が、大燭台の火の下に節面白う絃を調じて、今昔の合戦のありさまを、手にとる如く物語つた。
0456名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:56:59.97ID:gz4R0DMw
は、かねての大願を成就したことでおぢやれば、涎も垂れようずばかり笑み傾いて、余念もなく珍陀の酒を酌みかはいてあつた所に、ふと酔うた眼にもとまつたは、錦の幔幕を張り渡いた正面の御座にわせられる帝の異な御ふるまひぢや。
0457名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:57:15.75ID:gz4R0DMw
何故と申せば、検校のうたふ物語の中に、悪魔と云ふ言葉がおぢやると思へば、帝はあわただしう御手をあげて、必ず十字の印を切らせられた。
0462名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 03:58:34.62ID:gz4R0DMw
ぢやによつて帝も、悪魔の障碍を払はうずと思召され、再三十字の印を切つて、御身を守らせ給ふのぢや。」
0471名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:00:56.48ID:gz4R0DMw
しかるにその帝さへ、悪魔には腰を曲げられるとあるなれば、それがしはこれよりまかり出でて、悪魔の臣下と相成らうず。」
0472名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:01:12.23ID:gz4R0DMw
と喚きながら、ただちに珍陀の盃を抛つて、立ち上らうと致いたれば、一座の侍はさらいでも、「れぷろぼす」
0478名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:02:46.76ID:gz4R0DMw
なれどもその夜は珍陀の酔に前後も不覚の体ぢやによつて、しばしがほどこそ多勢を相手に、組んづほぐれつ、揉み合うても居つたが、やがて足をふみすべらいて、思はずどうとまろんだれば、えたりやおうと侍だちは、いやが上にも折り重つて、怒り狂ふ「れぷろぼす」
0487名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:05:08.35ID:gz4R0DMw
が、その後如何なる仕合せにめぐり合うたか、右の一条を知らうず方々は、まづ次のくだりを読ませられい。
0489名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:05:39.82ID:gz4R0DMw
は、未だ繩目もゆるされいで、土の牢の暗の底へ、投げ入れられたことでおぢやれば、しばしがほどは赤子のやうに、唯おうおうと声を上げて、泣き喚くより外はおりなかつた。
0490名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:05:55.57ID:gz4R0DMw
その時いづくよりとも知らず、緋の袍をまとうた学匠が、忽然と姿を現いて、やさしげに問ひかけたは、
0494名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:06:58.61ID:gz4R0DMw
「それがしは、帝に背き奉つて、悪魔に仕へようずと申したれば、かやうに牢舎致されたのでおぢやる。
0499名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:08:17.32ID:gz4R0DMw
学匠は大いにこの返事を悦んで、土の牢も鳴りどよむばかり、からからと笑ひ興じたが、やがて三度やさしげに申したは、
0500名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:08:33.08ID:gz4R0DMw
「おぬしの所望は、近頃殊勝千万ぢやによつて、これよりただちに牢舎を赦いてとらさうずる。」
0510名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:11:10.20ID:gz4R0DMw
を小脇に抱いたれば、見る見る足下が暗うなつて、もの狂ほしい一陣の風が吹き起つたと思ふほどに、二人は何時か宙を踏んで、牢舎を後に飄々と「あんちおきや」
0512名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:11:41.75ID:gz4R0DMw
まことやその時は学匠の姿も、折から沈まうず月を背負うて、さながら怪しげな大蝙蝠が、黒雲の翼を一文字に飛行する如く見えたと申す。
0516名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:12:44.60ID:gz4R0DMw
と申したに、学匠は忽ち底気味悪いほくそ笑みを洩しながら、わざとさりげない声で答へたは、
0520名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:13:47.68ID:gz4R0DMw
さるほどに悪魔はこの問答の間さへ、妖霊星の流れる如く、ひた走りに宙を走つたれば、「あんちおきや」
0521名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:14:03.33ID:gz4R0DMw
の都の燈火も、今ははるかな闇の底に沈みはてて、やがて足もとに浮んで参つたは、音に聞く「えじつと」
0529名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:16:09.33ID:gz4R0DMw
折から夜のふけたのも知らず、油火のかすかな光の下で、御経を読誦し奉つて居つたが、忽ちえならぬ香風が吹き渡つて、雪にも紛はうず桜の花が紛々と飜り出いたと思へば、いづくよりともなく一人の傾城が、鼈甲の櫛笄を円光の如くさしないて、
0530名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:16:24.99ID:gz4R0DMw
地獄絵を繍うた襠の裳を長々とひきはえながら、天女のやうな媚を凝して、夢かとばかり眼の前へ現れた。
0533名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:17:12.04ID:gz4R0DMw
あまりの不思議さに我を忘れて、しばしがほどは惚々と傾城の姿を見守つて居つたに、相手はやがて花吹雪を身に浴びながら、につこと微笑んで申したは、
0538名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:18:30.80ID:gz4R0DMw
さればさすがに有験の隠者もうかとその手に乗らうとしたが、思へばこの真夜中に幾百里とも知らぬ「あんちおきや」
0540名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:19:02.38ID:gz4R0DMw
さては又しても悪魔めの悪巧みであらうずと心づいたによつて、ひたと御経に眼を曝しながら、専念に陀羅尼を誦し奉つて居つたに、傾城はかまへてこの隠者の翁を落さうと心にきはめつらう。
0542名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:19:33.89ID:gz4R0DMw
「如何に遊びの身とは申せ、千里の山河も厭はいで、この沙漠までまかり下つたを、さりとは曲もない御方かな。」
0543名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:19:49.66ID:gz4R0DMw
その姿の妙にも美しい事は、散りしく桜の花の色さへ消えようずると思はれたが、隠者の翁は遍身に汗を流いて、降魔の呪文を読みかけ読みかけ、かつふつその悪魔の申す事に耳を借さうず気色すらおりない。
0544名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:20:05.40ID:gz4R0DMw
されば傾城もかくてはなるまじいと気を苛つたか、つと地獄絵の裳を飜して、斜に隠者の膝へとすがつたと思へば、
0547名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:20:55.59ID:gz4R0DMw
と見るや否や隠者の翁は、蝎に刺されたやうに躍り上つたが、早くも肌身につけた十字架をかざいて、霹靂の如く罵つたは、
0551名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:21:58.59ID:gz4R0DMw
打たれた傾城は落花の中に、なよなよと伏しまろんだが、忽ちその姿は見えずなつて、唯一むらの黒雲が湧き起つたと思ふほどに、怪しげな火花の雨が礫の如く乱れ飛んで、
0554名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:22:45.87ID:gz4R0DMw
もとより隠者はかうあらうと心に期して居つたによつて、この間も秘密の真言を絶えず声高に誦し奉つたに、見る見る黒雲も薄れれば、桜の花も降らずなつて、あばら家の中には又もとの如く、油火ばかりが残つたと申す。
0555名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:23:01.59ID:gz4R0DMw
なれど隠者は悪魔の障碍が猶もあるべいと思うたれば、夜もすがら御経の力にすがり奉つて、目蓋も合はさいで明いたに、やがてしらしら明けと覚しい頃、誰やら柴の扉をおとづれるものがあつたによつて、十字架を片手に立ち出でて見たれば、これは又何ぞや、藁屋の前に蹲つて、
0556名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:23:17.36ID:gz4R0DMw
恭しげに時儀を致いて居つたは、天から降つたか、地から湧いたか、小山のやうな大男ぢや。
0557名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:23:33.11ID:gz4R0DMw
それが早くも朱を流いた空を黒々と肩にかぎつて、隠者の前に頭を下げると、恐る恐る申したは、
0563名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:25:07.64ID:gz4R0DMw
自体それがしは今天が下に並びない大剛の者を尋ね出いて、その身内に仕へようずる志がおぢやるによつて、何とぞこれより後は不束ながら、御主『えす・きりしと』
0567名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:26:10.59ID:gz4R0DMw
総じて悪魔の下部となつたものは、枯木に薔薇の花が咲かうずるまで、御主『えす・きりしと』
0574名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:28:00.75ID:gz4R0DMw
所で隠者の翁と山男との間には、かやうな問答がしかつめらしうとり交されたと申す事でおぢやる。
0583名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:30:22.42ID:gz4R0DMw
それにはさすがの隠者の翁も、ほとほと言のつぎ穂さへおぢやらなんだが、やがて掌をはたと打つて、したり顔に申したは、
0585名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:30:53.87ID:gz4R0DMw
この河は水嵩も多く、流れも矢を射る如くぢやによつて、日頃から人馬の渡りに難儀致すとか承つた。
0594名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:33:15.72ID:gz4R0DMw
とあつて、おのれは水瓶をかい抱きながら、もそもそと藁家の棟へ這ひ上つて、漸く山男の頭の上へその水瓶の水を注ぎ下いた。
0595名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:33:31.36ID:gz4R0DMw
ここに不思議がおぢやつたと申すは、得度の御儀式が終りも果てず、折からさし上つた日輪の爛々と輝いた真唯中から、何やら雲気がたなびいたかと思へば、忽ちそれが数限りもない四十雀の群となつて、空に聳えた「れぷろぼす」
0597名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:34:02.68ID:gz4R0DMw
この不思議を見た隠者の翁は、思はず御水を授けようず方角さへも忘れはてて、うつとりと朝日を仰いで居つたが、やがて恭しく天上を伏し拝むと、家の棟から「れぷろぼす」
0600名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:34:49.83ID:gz4R0DMw
思ふに天主もごへんの信心を深う嘉させ給ふと見えたれば、万一勤行に懈怠あるまじいに於ては、必定遠からず御主『えす・きりしと』
0603名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:35:36.92ID:gz4R0DMw
が、その後如何なる仕合せにめぐり合うたか、右の一条を知らうず方々はまづ次のくだりを読ませられい。
0605名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:36:08.31ID:gz4R0DMw
は隠者の翁に別れを告げて、流沙河のほとりに参つたれば、まことに濁流滾々として、岸べの青蘆を戦がせながら、百里の波を翻すありさまは、容易く舟さへ通ふまじい。
0606名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:36:24.19ID:gz4R0DMw
なれど山男は身の丈凡そ三丈あまりもおぢやるほどに、河の真唯中を越す時さへ、水は僅に臍のあたりを渦巻きながら流れるばかりぢや。
0608名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:36:55.85ID:gz4R0DMw
はこの河べに、ささやかながら庵を結んで、時折渡りに難むと見えた旅人の影が眼に触れれば、すぐさまそのほとりへ歩み寄つて、「これはこの流沙河の渡し守でおぢやる。」
0609名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:37:11.53ID:gz4R0DMw
もとより並々の旅人は、山男の恐しげな姿を見ると、如何なる天魔波旬かと始は胆も消いて逃げのいたが、やがてその心根のやさしさもとくと合点行つて、「然らば御世話に相成らうず。」
0612名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:37:58.90ID:gz4R0DMw
は旅人を肩へゆり上げると、毎時も汀の柳を根こぎにしたしたたかな杖をつき立てながら、逆巻く流れをことともせず、ざんざざんざと水を分けて、難なく向うの岸へ渡いた。
0613名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:38:14.66ID:gz4R0DMw
しかもあの四十雀は、その間さへ何羽となく、さながら楊花の飛びちるやうに、絶えず「きりしとほろ」
0618名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:39:33.21ID:gz4R0DMw
は、風雨も厭はず三年が間、渡し守の役目を勤めて居つたが、渡りを尋ねる旅人の数は多うても、御主「えす・きりしと」
0620名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:40:04.57ID:gz4R0DMw
が、その三年目の或夜のこと、折から凄じい嵐があつて、神鳴りさへおどろと鳴り渡つたに、山男は四十雀と庵を守つて、すぎこし方のことどもを夢のやうに思ひめぐらいて居つたれば、忽ち車軸を流す雨を圧して、いたいけな声が響いたは、
0624名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:41:07.63ID:gz4R0DMw
は身を起いて、外の闇夜へ揺ぎ出いたに、如何なこと、河のほとりには、年の頃もまだ十には足るまじい、みめ清らかな白衣のわらんべが、空をつんざいて飛ぶ稲妻の中に、頭を低れて唯ひとり、佇んで居つたではおぢやるまいか。
0625名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:41:23.38ID:gz4R0DMw
山男は稀有の思をないて、千引の巌にも劣るまじい大の体をかがめながら、慰めるやうに問ひ尋ねたは、
0631名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:42:57.77ID:gz4R0DMw
はこの答を聞いても、一向不審は晴れなんだが、何やらその渡りを急ぐ容子があはれにやさしく覚えたによつて、
0633名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:43:29.46ID:gz4R0DMw
と、双手にわらんべをかい抱いて、日頃の如く肩へのせると、例の太杖をてうとついて、岸べの青蘆を押し分けながら、嵐に狂ふ夜河の中へ、胆太くもざんぶと身を浸いた。
0636名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:44:16.70ID:gz4R0DMw
時折闇をかい破る稲妻の光に見てあれば、浪は一面に湧き立ち返つて、宙に舞上る水煙も、さながら無数の天使たちが雪の翼をはためかいて、飛びしきるかとも思ふばかりぢや。
0638名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:44:48.10ID:gz4R0DMw
も、今宵はほとほと渡りなやんで、太杖にしかとすがりながら、礎の朽ちた塔のやうに、幾度もゆらゆらと立ちすくんだが、雨風よりも更に難儀だつたは、怪からず肩のわらんべが次第に重うなつたことでおぢやる。
0639名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:45:03.76ID:gz4R0DMw
始はそれもさばかりに、え堪へまじいとは覚えなんだが、やがて河の真唯中へさしかかつたと思ふほどに、白衣のわらんべが重みは愈増いて、今は恰も大磐石を負ひないてゐるかと疑はれた。
0641名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:45:35.31ID:gz4R0DMw
も、あまりの重さに圧し伏されて、所詮はこの流沙河に命を殞すべいと覚悟したが、ふと耳にはいつて来たは、例の聞き慣れた四十雀の声ぢや。
0642名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:45:51.05ID:gz4R0DMw
はてこの闇夜に何として、小鳥が飛ばうぞと訝りながら、頭を擡げて空を見たれば、不思議やわらんべの面をめぐつて、三日月ほどな金光が燦爛と円く輝いたに、四十雀はみな嵐をものともせず、その金光のほとりに近く、紛々と躍り狂うて居つた。
0643名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:46:06.83ID:gz4R0DMw
これを見た山男は、小鳥さへかくは雄々しいに、おのれは人間と生まれながら、なじかは三年の勤行を一夜に捨つべいと思ひつらう。
0644名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:46:22.59ID:gz4R0DMw
あの葡萄蔓にも紛はうず髪をさつさつと空に吹き乱いて、寄せては返す荒波に乳のあたりまで洗はせながら、太杖も折れよとつき固めて、必死に目ざす岸へと急いだ。
0646名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:46:54.09ID:gz4R0DMw
は漸く向うの岸へ、戦ひ疲れた獅子王のけしきで、喘ぎ喘ぎよろめき上ると、柳の太杖を砂にさいて、肩のわらんべを抱き下しながら、吐息をついて申したは、
0648名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:47:25.67ID:gz4R0DMw
とあつたに、わらんべはにつこと微笑んで、頭上の金光を嵐の中に一きは燦然ときらめかいながら、山男の顔を仰ぎ見て、さも懐しげに答へたは、
0653名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:48:44.35ID:gz4R0DMw
唯後に残つたは、向うの岸の砂にさいた、したたかな柳の太杖で、これには枯れ枯れな幹のまはりに、不思議や麗しい紅の薔薇の花が、薫しく咲き誇つて居つたと申す。
0656名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:49:31.87ID:gz4R0DMw
今ではもう十年あまり以前になるが、ある年の春私は実践倫理学の講義を依頼されて、その間かれこれ一週間ばかり、岐阜県下の大垣町へ滞在する事になった。
0657名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:49:47.52ID:gz4R0DMw
元来地方有志なるものの難有迷惑な厚遇に辟易していた私は、私を請待してくれたある教育家の団体へ予め断りの手紙を出して、送迎とか宴会とかあるいはまた名所の案内とか、そのほかいろいろ講演に附随する一切の無用な暇つぶしを拒絶したい旨希望して置いた。
0658名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:50:03.25ID:gz4R0DMw
すると幸私の変人だと云う風評は夙にこの地方にも伝えられていたものと見えて、やがて私が向うへ行くと、その団体の会長たる大垣町長の斡旋によって、万事がこの我儘な希望通り取計らわれたばかりでなく、宿も特に普通の旅館を避けて、
0660名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:50:34.85ID:gz4R0DMw
私がこれから話そうと思うのは、その滞在中その別荘で偶然私が耳にしたある悲惨な出来事の顛末である。
0662名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:51:06.25ID:gz4R0DMw
殊に私の起臥していた書院造りの八畳は、日当りこそ悪い憾はあったが、障子襖もほどよく寂びのついた、いかにも落着きのある座敷だった。
0663名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:51:21.98ID:gz4R0DMw
私の世話を焼いてくれる別荘番の夫婦者は、格別用のない限り、いつも勝手に下っていたから、このうす暗い八畳の間は大抵森閑として人気がなかった。
0664名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:51:37.77ID:gz4R0DMw
それは御影の手水鉢の上に枝を延ばしている木蓮が、時々白い花を落すのでさえ、明に聞き取れるような静かさだった。
0665名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:51:53.44ID:gz4R0DMw
毎日午前だけ講演に行った私は、午後と夜とをこの座敷で、はなはだ泰平に暮す事が出来た。
0666名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:52:09.22ID:gz4R0DMw
が、同時にまた、参考書と着換えとを入れた鞄のほかに何一つない私自身を、春寒く思う事も度々あった。
0668名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:52:40.67ID:gz4R0DMw
が、やがて竹の筒を台にした古風なランプに火が燈ると、人間らしい気息の通う世界は、たちまちそのかすかな光に照される私の周囲だけに縮まってしまった。
0670名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:53:12.16ID:gz4R0DMw
私の後にある床の間には、花も活けてない青銅の瓶が一つ、威かつくどっしりと据えてあった。
0671名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:53:27.89ID:gz4R0DMw
そうしてその上には怪しげな楊柳観音の軸が、煤けた錦襴の表装の中に朦朧と墨色を弁じていた。
0672名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:53:43.67ID:gz4R0DMw
私は折々書見の眼をあげて、この古ぼけた仏画をふり返ると、必ずきもしない線香がどこかでっているような心もちがした。
0678名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:55:18.37ID:gz4R0DMw
昼見るといつも天主閣は、蓊鬱とした松の間に三層の白壁を畳みながら、その反り返った家根の空へ無数の鴉をばら撒いている。――
0679名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:55:34.13ID:gz4R0DMw
私はいつかうとうとと浅い眠に沈みながら、それでもまだ腹の底には水のような春寒が漂っているのを意識した。
0681名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:56:05.49ID:gz4R0DMw
私はいつもの通りランプの前にあぐらをかいて、漫然と書見に耽っていると、突然次の間との境の襖が無気味なほど静に明いた。
0682名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:56:21.13ID:gz4R0DMw
その明いたのに気がついた時、無意識にあの別荘番を予期していた私は、折よく先刻書いて置いた端書の投函を頼もうと思って、何気なくその方を一瞥した。
0683名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:56:36.93ID:gz4R0DMw
するとその襖側のうす暗がりには、私の全く見知らない四十恰好の男が一人、端然として坐っていた。
0686名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:57:24.09ID:gz4R0DMw
また実際その男は、それだけのショックに価すべく、ぼんやりしたランプの光を浴びて、妙に幽霊じみた姿を具えていた。
0687名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:57:39.87ID:gz4R0DMw
が、彼は私と顔を合わすと、昔風に両肱を高く張って恭しく頭を下げながら、思ったよりも若い声で、ほとんど機械的にこんな挨拶の言を述べた。
0688名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:57:55.62ID:gz4R0DMw
「夜中、殊に御忙しい所を御邪魔に上りまして、何とも申し訳の致しようはございませんが、ちと折入って先生に御願い申したい儀がございまして、失礼をも顧ず、参上致したような次第でございます。」
0689名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:58:11.40ID:gz4R0DMw
ようやく最初のショックから恢復した私は、その男がこう弁じ立てている間に、始めて落着いて相手を観察した。
0691名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 04:58:42.90ID:gz4R0DMw
それが紋附でこそなかったが、見苦しからぬ羽織袴で、しかも膝のあたりにはちゃんと扇面を控えていた。
0697名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:00:17.36ID:gz4R0DMw
しかしその男は私の冷淡な言葉にもめげないで、もう一度額を畳につけると、相不変朗読でもしそうな調子で、
0698名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:00:33.12ID:gz4R0DMw
「申し遅れましたが、私は中村玄道と申しますもので、やはり毎日先生の御講演を伺いに出て居りますが、勿論多数の中でございますから、御見覚えもございますまい。
0707名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:02:54.92ID:gz4R0DMw
ございませんが、実は私一身のふり方につきまして、善悪とも先生の御意見を承りたいのでございます。
0708名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:03:10.67ID:gz4R0DMw
と申しますのは、唯今からざっと二十年ばかり以前、私はある思いもよらない出来事に出合いまして、その結果とんと私にも私自身がわからなくなってしまいました。
0709名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:03:26.40ID:gz4R0DMw
つきましては、先生のような倫理学界の大家の御説を伺いましたら、自然分別もつこうと存じまして、今晩はわざわざ推参致したのでございます。
0712名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:04:13.58ID:gz4R0DMw
成程専門の上から云えば倫理学者には相違ないが、そうかと云ってまた私は、その専門の知識を運転させてすぐに当面の実際問題への霊活な解決を与え得るほど、融通の利く頭脳の持ち主だとは遺憾ながら己惚れる事が出来なかった。
0713名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:04:29.33ID:gz4R0DMw
すると彼は私の逡巡に早くも気がついたと見えて、今まで袴の膝の上に伏せていた視線をあげると、半ば歎願するように、怯ず怯ず私の顔色を窺いながら、前よりやや自然な声で、慇懃にこう言葉を継いだ。
0714名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:04:45.08ID:gz4R0DMw
「いえ、それも勿論強いて先生から、是非の御判断を伺わなくてはならないと申す訳ではございません。
0715名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:05:00.83ID:gz4R0DMw
ただ、私がこの年になりますまで、始終頭を悩まさずにはいられなかった問題でございますから、せめてその間の苦しみだけでも先生のような方の御耳に入れて、多少にもせよ私自身の心やりに致したいと思うのでございます。」
0716名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:05:16.60ID:gz4R0DMw
こう云われて見ると私は、義理にもこの見知らない男の話を聞かないと云う訳には行かなかった。
0717名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:05:32.38ID:gz4R0DMw
が、同時にまた不吉な予感と茫漠とした一種の責任感とが、重苦しく私の心の上にのしかかって来るような心もちもした。
0718名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:05:48.16ID:gz4R0DMw
私はそれらの不安な感じを払い除けたい一心から、わざと気軽らしい態度を装って、うすぼんやりしたランプの向うに近々と相手を招じながら、
0720名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:06:19.66ID:gz4R0DMw
もっともそれを伺ったからと云って、格別御参考になるような意見などは申し上げられるかどうかわかりませんが。」
0721名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:06:35.44ID:gz4R0DMw
「いえ、ただ、御聞きになってさえ下されば、それでもう私には本望すぎるくらいでございます。」
0722名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:06:51.08ID:gz4R0DMw
中村玄道と名のった人物は、指の一本足りない手に畳の上の扇子をとり上げると、時々そっと眼をあげて私よりもむしろ床の間の楊柳観音を偸み見ながら、やはり抑揚に乏しい陰気な調子で、とぎれ勝ちにこう話し始めた。
0724名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:07:22.61ID:gz4R0DMw
御承知の通り二十四年と申しますと、あの濃尾の大地震がございました年で、あれ以来この大垣もがらりと容子が違ってしまいましたが、その頃町には小学校がちょうど二つございまして、一つは藩侯の御建てになったもの、一つは町方の建てたものと、
0726名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:07:54.07ID:gz4R0DMw
私はその藩侯の御建てになったK小学校へ奉職して居りましたが、二三年前に県の師範学校を首席で卒業致しましたのと、その後また引き続いて校長などの信用も相当にございましたのとで、年輩にしては高級な十五円と云う月俸を頂戴致して居りました。
0727名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:08:09.86ID:gz4R0DMw
唯今でこそ十五円の月給取は露命も繋げないぐらいでございましょうが、何分二十年も以前の事で、十分とは参りませんまでも、暮しに不自由はございませんでしたから、同僚の中でも私などは、どちらかと申すと羨望の的になったほどでございました。
0728名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:08:25.63ID:gz4R0DMw
家族は天にも地にも妻一人で、それもまだ結婚してから、ようやく二年ばかりしか経たない頃でございました。
0729名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:08:41.27ID:gz4R0DMw
妻は校長の遠縁のもので、幼い時に両親に別れてから私の所へ片づくまで、ずっと校長夫婦が娘のように面倒を見てくれた女でございます。
0730名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:08:56.97ID:gz4R0DMw
名は小夜と申しまして、私の口から申し上げますのも、異なものでございますが、至って素直な、はにかみ易い――
0732名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:09:28.23ID:gz4R0DMw
が、私には似たもの夫婦で、たといこれと申すほどの花々しい楽しさはございませんでも、まず安らかなその日その日を、送る事が出来たのでございます。
0737名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:10:46.96ID:gz4R0DMw
それがほんの一二分の間の事で、まるで大風のような凄まじい地鳴りが襲いかかったと思いますと、たちまちめきめきと家が傾いで、後はただ瓦の飛ぶのが見えたばかりでございます。
0738名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:11:02.69ID:gz4R0DMw
私はあっと云う暇もなく、やにわに落ちて来た庇に敷かれて、しばらくは無我無中のまま、どこからともなく寄せて来る大震動の波に揺られて居りましたが、やっとその庇の下から土煙の中へ這い出して見ますと、目の前にあるのは私の家の屋根で、しかも瓦の間に草の生えたのが、
0742名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:12:05.67ID:gz4R0DMw
まるで放心したのも同前で、べったりそこへ腰を抜いたなり、ちょうど嵐の海のように右にも左にも屋根を落した家々の上へ眼をやって、地鳴りの音、梁の落ちる音、樹木の折れる音、壁の崩れる音、それから幾千人もの人々が逃げ惑うのでございましょう、
0744名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:12:37.07ID:gz4R0DMw
が、それはほんの刹那の間で、やがて向うの庇の下に動いているものを見つけますと、私は急に飛び上って、凶い夢からでも覚めたように意味のない大声を挙げながら、いきなりそこへ駈けつけました。
0753名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:14:59.19ID:gz4R0DMw
が、私に励まされるまでもなく、別人のように血相を変えて、必死に梁を擡げようと致して居りましたから、私はその時妻の両手が、爪も見えないほど血にまみれて、震えながら梁をさぐって居ったのが、今でもまざまざと苦しい記憶に残っているのでございます。
0755名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:15:30.57ID:gz4R0DMw
その内にふと気がつきますと、どこからか濛々とした黒煙が一なだれに屋根を渡って、むっと私の顔へ吹きつけました。
0756名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:15:46.33ID:gz4R0DMw
と思うと、その煙の向うにけたたましく何か爆ぜる音がして、金粉のような火粉がばらばらと疎らに空へ舞い上りました。
0760名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:16:49.27ID:gz4R0DMw
私はまた吹きつけて来る煙を浴びて、庇に片膝つきながら、噛みつくように妻へ申しました。
0767名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:18:39.50ID:gz4R0DMw
すると今度は煙ばかりか、火の粉を煽った一陣の火気が、眼も眩むほど私を襲って来ました。
0777名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:21:17.05ID:gz4R0DMw
が、何と云ったかわからない内に、私は手当り次第、落ちている瓦を取り上げて、続けさまに妻の頭へ打ち下しました。
0780名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:22:04.29ID:gz4R0DMw
ほとんど町中を焼きつくした火と煙とに追われながら、小山のように路を塞いだ家々の屋根の間をくぐって、ようやく危い一命を拾ったのでございます。
0782名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:22:35.77ID:gz4R0DMw
ただその夜、まだ燃えている火事の光を暗い空に望みながら、同僚の一人二人と一しょに、やはり一ひしぎにつぶされた学校の外の仮小屋で、炊き出しの握り飯を手にとった時とめどなく涙が流れた事は、未だにどうしても忘れられません。
0784名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:23:07.32ID:gz4R0DMw
突然こんな話を聞かされた私も、いよいよ広い座敷の春寒が襟元まで押寄せたような心もちがして、「成程」
0788名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:24:10.52ID:gz4R0DMw
と思うとまたその中で、床の間の楊柳観音が身動きをしたかと思うほど、かすかな吐息をつく音がした。
0794名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:25:45.24ID:gz4R0DMw
そればかりか、時としては、校長始め同僚から、親切な同情の言葉を受けて、人前も恥じず涙さえ流した事がございました。
0795名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:26:01.12ID:gz4R0DMw
が、私があの地震の中で、妻を殺したと云う事だけは、妙に口へ出して云う事が出来なかったのでございます。
0799名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:27:04.13ID:gz4R0DMw
それがどう云うものか、云おうとするとたちまち喉元にこびりついて、一言も舌が動かなくなってしまうのでございます。
0802名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:27:51.41ID:gz4R0DMw
しかしその原因は、私に再婚の話が起って、いよいよもう一度新生涯へはいろうと云う間際までは、私自身にもわかりませんでした。
0803名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:28:07.09ID:gz4R0DMw
そうしてそれがわかった時、私はもう二度と人並の生活を送る資格のない、憐むべき精神上の敗残者になるよりほかはなかったのでございます。
0804名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:28:22.83ID:gz4R0DMw
再婚の話を私に持ち出したのは、小夜の親許になっていた校長で、これが純粋に私のためを計った結果だと申す事は私にもよく呑み込めました。
0805名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:28:38.47ID:gz4R0DMw
また実際その頃はもうあの大地震があってから、かれこれ一年あまり経った時分で、校長がこの問題を切り出した以前にも、内々同じような相談を持ちかけて私の口裏を引いて見るものが一度ならずあったのでございます。
0806名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:28:54.21ID:gz4R0DMw
所が校長の話を聞いて見ますと、意外な事にはその縁談の相手と云うのが、唯今先生のいらっしゃる、このN家の二番娘で、当時私が学校以外にも、時々出稽古の面倒を見てやった尋常四年生の長男の姉だったろうではございませんか。
0808名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:29:25.76ID:gz4R0DMw
第一教員の私と資産家のN家とでは格段に身分も違いますし、家庭教師と云う関係上、結婚までには何か曰くがあったろうなどと、痛くない腹を探られるのも面白くないと思ったからでございます。
0809名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:29:41.53ID:gz4R0DMw
同時にまた私の進まなかった理由の後には、去る者は日に疎しで、以前ほど悲しい記憶はなかったまでも、私自身打ち殺した小夜の面影が、箒星の尾のようにぼんやり纏わっていたのに相違ございません。
0810名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:29:57.18ID:gz4R0DMw
が、校長は十分私の心もちを汲んでくれた上で、私くらいの年輩の者が今後独身生活を続けるのは困難だと云う事、しかも今度の縁談は先方から達っての所望だと云う事、校長自身が進んで媒酌の労を執る以上、悪評などが立つ謂われのないと云う事、
0811名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:30:12.92ID:gz4R0DMw
そのほか日頃私の希望している東京遊学のごときも、結婚した暁には大いに便宜があるだろうと云う事――
0814名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:30:59.97ID:gz4R0DMw
そこへ相手の娘と申しますのは、評判の美人でございましたし、その上御恥しい次第ではございますが、N家の資産にも目がくれましたので、校長に勧められるのも度重なって参りますと、いつか「熟考して見ましょう。」
0817名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:31:47.13ID:gz4R0DMw
そうしてその年の変った明治二十六年の初夏には、いよいよ秋になったら式を挙げると云う運びさえついてしまったのでございます。
0818名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:32:02.87ID:gz4R0DMw
するとその話がきまった頃から、妙に私は気が鬱して、自分ながら不思議に思うほど、何をするにも昔のような元気がなくなってしまいました。
0819名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:32:18.67ID:gz4R0DMw
たとえば学校へ参りましても、教員室の机に倚り懸りながら、ぼんやり何かに思い耽って、授業の開始を知らせる板木の音さえ、聞き落してしまうような事が度々あるのでございます。
0820名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:32:34.44ID:gz4R0DMw
その癖何が気になるのかと申しますと、それは私にもはっきりとは見極めをつける事が出来ません。
0822名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:33:05.97ID:gz4R0DMw
しかもそのしっくり合わない向うには、私の自覚を超越した秘密が蟠っているような、気味の悪い心もちがするのでございます。
0824名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:33:37.50ID:gz4R0DMw
ちょうど暑中休暇になった当座で、ある夕方私が散歩かたがた、本願寺別院の裏手にある本屋の店先を覗いて見ますと、その頃評判の高かった風俗画報と申す雑誌が五六冊、夜窓鬼談や月耕漫画などと一しょに、石版刷の表紙を並べて居りました。
0825名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:33:53.26ID:gz4R0DMw
そこで店先に佇みながら、何気なくその風俗画報を一冊手にとって見ますと、表紙に家が倒れたり火事が始ったりしている画があって、そこへ二行に「明治廿四年十一月三十日発行、十月廿八日震災記聞」
0831名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:35:27.89ID:gz4R0DMw
するとまっ先に一家の老若が、落ちて来た梁に打ちひしがれて惨死を遂げる画が出て居ります。
0833名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:35:59.38ID:gz4R0DMw
一々数え立てるまでもございませんが、その時その風俗画報は、二年以前の大地震の光景を再び私の眼の前へ展開してくれたのでございます。
0834名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:36:15.13ID:gz4R0DMw
長良川鉄橋陥落の図、尾張紡績会社破壊の図、第三師団兵士屍体発掘の図、愛知病院負傷者救護の図――
0835名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:36:30.90ID:gz4R0DMw
そう云う凄惨な画は次から次と、あの呪わしい当時の記憶の中へ私を引きこんで参りました。
0840名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:37:49.71ID:gz4R0DMw
それは落ちて来た梁に腰を打たれて、一人の女が無惨にも悶え苦しんでいる画でございました。
0841名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:38:05.78ID:gz4R0DMw
その梁の横わった向うには、黒煙が濛々と巻き上って、朱を撥いた火の粉さえ乱れ飛んでいるではございませんか。
0846名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:39:24.47ID:gz4R0DMw
しかもその途端に一層私を悸えさせたのは、突然あたりが赤々と明くなって、火事を想わせるような煙のがぷんと鼻を打った事でございます。
0847名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:39:40.47ID:gz4R0DMw
私は強いて心を押し鎮めながら、風俗画報を下へ置いて、きょろきょろ店先を見廻しました。
0848名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:39:56.09ID:gz4R0DMw
店先ではちょうど小僧が吊ランプへ火をとぼして、夕暗の流れている往来へ、まだ煙の立つ燐寸殻を捨てている所だったのでございます。
0850名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:40:27.63ID:gz4R0DMw
今まで私を脅したのはただ何とも知れない不安な心もちでございましたが、その後はある疑惑が私の頭の中に蟠って、日夜を問わず私を責め虐むのでございます。
0851名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:40:43.26ID:gz4R0DMw
と申しますのは、あの大地震の時私が妻を殺したのは、果して已むを得なかったのだろうか。――
0852名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:40:59.03ID:gz4R0DMw
もう一層露骨に申しますと、私は妻を殺したのは、始から殺したい心があって殺したのではなかったろうか。
0858名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:42:33.51ID:gz4R0DMw
と囁いた何物かは、その度にまた嘲笑って、「では何故お前は妻を殺した事を口外する事が出来なかったのだ。」
0863名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:43:52.16ID:gz4R0DMw
しかもその際私の記憶へ鮮に生き返って来たものは、当時の私が妻の小夜を内心憎んでいたと云う、忌わしい事実でございます。
0864名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:44:07.94ID:gz4R0DMw
これは恥を御話しなければ、ちと御会得が参らないかも存じませんが、妻は不幸にも肉体的に欠陥のある女でございました。
0866名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:44:39.46ID:gz4R0DMw
そこで私はその時までは、覚束ないながら私の道徳感情がともかくも勝利を博したものと信じて居ったのでございます。
0867名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:44:55.23ID:gz4R0DMw
が、あの大地震のような凶変が起って、一切の社会的束縛が地上から姿を隠した時、どうしてそれと共に私の道徳感情も亀裂を生じなかったと申せましょう。
0869名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:45:26.79ID:gz4R0DMw
私はここに立ち至ってやはり妻を殺したのは、殺すために殺したのではなかったろうかと云う、疑惑を認めずには居られませんでした。
0870名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:45:42.54ID:gz4R0DMw
私がいよいよ幽鬱になったのは、むしろ自然の数とでも申すべきものだったのでございます。
0871名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:45:58.48ID:gz4R0DMw
しかしまだ私には、「あの場合妻を殺さなかったにしても、妻は必ず火事のために焼け死んだのに相違ない。
0874名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:46:45.79ID:gz4R0DMw
所がある日、もう季節が真夏から残暑へ振り変って、学校が始まって居た頃でございますが、私ども教員が一同教員室の卓子を囲んで、番茶を飲みながら、他曖もない雑談を交して居りますと、どう云う時の拍子だったか、話題がまたあの二年以前の大地震に落ちた事がございます。
0875名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:47:01.42ID:gz4R0DMw
私はその時も独り口を噤んだぎりで、同僚の話を聞くともなく聞き流して居りましたが、本願寺の別院の屋根が落ちた話、船町の堤防が崩れた話、俵町の往来の土が裂けた話――
0876名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:47:17.17ID:gz4R0DMw
とそれからそれへ話がはずみましたが、やがて一人の教員が申しますには、中町とかの備後屋と云う酒屋の女房は、一旦梁の下敷になって、身動きも碌に出来なかったのが、その内に火事が始って、梁も幸焼け折れたものだから、やっと命だけは拾ったと、こう云うのでございます。
0877名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:47:32.92ID:gz4R0DMw
私はそれを聞いた時に、俄に目の前が暗くなって、そのまましばらくは呼吸さえも止るような心地が致しました。
0879名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:48:04.42ID:gz4R0DMw
ようやく我に返って見ますと、同僚は急に私の顔色が変って、椅子ごと倒れそうになったのに驚きながら、皆私のまわりへ集って、水を飲ませるやら薬をくれるやら、大騒ぎを致して居りました。
0880名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:48:20.20ID:gz4R0DMw
が、私はその同僚に礼を云う余裕もないほど、頭の中はあの恐しい疑惑の塊で一ぱいになっていたのでございます。
0882名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:48:51.66ID:gz4R0DMw
たとい梁に圧されていても、万一命が助かるのを恐れて、打ち殺したのではなかったろうか。
0883名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:49:07.40ID:gz4R0DMw
もしあのまま殺さないで置いたなら今の備後屋の女房の話のように、私の妻もどんな機会で九死に一生を得たかも知れない。
0886名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:49:54.71ID:gz4R0DMw
私はその苦しみの中で、せめてはN家との縁談を断ってでも、幾分一身を潔くしようと決心したのでございます。
0887名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:50:10.35ID:gz4R0DMw
ところがいよいよその運びをつけると云う段になりますと、折角の私の決心は未練にもまた鈍り出しました。
0888名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:50:26.12ID:gz4R0DMw
何しろ近々結婚式を挙げようと云う間際になって、突然破談にしたいと申すのでございますから、あの大地震の時に私が妻を殺害した顛末は元より、これまでの私の苦しい心中も一切打ち明けなければなりますまい。
0889名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:50:41.88ID:gz4R0DMw
それが小心な私には、いざと云う場合に立ち至ると、いかに自ら鞭撻しても、断行する勇気が出なかったのでございます。
0891名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:51:13.46ID:gz4R0DMw
が、徒に責めるばかりで、何一つ然るべき処置も取らない内に、残暑はまた朝寒に移り変って、とうとう所謂華燭の典を挙げる日も、目前に迫ったではございませんか。
0892名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:51:29.22ID:gz4R0DMw
私はもうその頃には、だれとも滅多に口を利かないほど、沈み切った人間になって居りました。
0895名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:52:16.51ID:gz4R0DMw
が、当時の私にはそう云う親切な言葉の手前、外見だけでも健康を顧慮しようと云う気力さえすでになかったのでございます。
0896名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:52:32.28ID:gz4R0DMw
と同時にまたその連中の心配を利用して、病気を口実に結婚を延期するのも、今となっては意気地のない姑息手段としか思われませんでした。
0897名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:52:48.05ID:gz4R0DMw
しかも一方ではN家の主人などが、私の気鬱の原因を独身生活の影響だとでも感違いをしたのでございましょう。
0898名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:53:03.81ID:gz4R0DMw
一日も早く結婚しろと頻に主張しますので、日こそ違いますが二年前にあの大地震のあった十月、いよいよ私はN家の本邸で結婚式を挙げる事になりました。
0899名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:53:19.53ID:gz4R0DMw
連日の心労に憔悴し切った私が、花婿らしい紋服を着用して、いかめしく金屏風を立てめぐらした広間へ案内された時、どれほど私は今日の私を恥しく思ったでございましょう。
0902名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:54:06.71ID:gz4R0DMw
実際私は殺人の罪悪をぬり隠して、N家の娘と資産とを一時盗もうと企てている人非人なのでございます。
0909名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:55:56.84ID:gz4R0DMw
それから錦襴の帯、はこせこの銀鎖、白襟と順を追って、鼈甲の櫛笄が重そうに光っている高島田が眼にはいった時、私はほとんど息がつまるほど、絶対絶命な恐怖に圧倒されて、思わず両手を畳へつくと、『私は人殺しです。
0911名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:56:28.35ID:gz4R0DMw
中村玄道はこう語り終ると、しばらくじっと私の顔を見つめていたが、やがて口もとに無理な微笑を浮べながら、
0913名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:56:59.88ID:gz4R0DMw
が、ただ一つ御耳に入れて置きたいのは、当日限り私は狂人と云う名前を負わされて、憐むべき余生を送らなければならなくなった事でございます。
0915名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:57:31.36ID:gz4R0DMw
しかしたとい狂人でございましても、私を狂人に致したものは、やはり我々人間の心の底に潜んでいる怪物のせいではございますまいか。
0916名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:57:47.15ID:gz4R0DMw
その怪物が居ります限り、今日私を狂人と嘲笑っている連中でさえ、明日はまた私と同様な狂人にならないものでもございません。――
0919名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:58:34.28ID:gz4R0DMw
私は楊柳観音を後にしたまま、相手の指の一本ないのさえ問い質して見る気力もなく、黙然と坐っているよりほかはなかった。
0924名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 05:59:53.05ID:gz4R0DMw
するとたちまち道ばたに農夫の子らしい童児が一人、円い石を枕にしたまま、すやすや寝ているのを発見した。
0928名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 06:00:55.99ID:gz4R0DMw
が、不思議にもその童児は頭を土へ落すどころか、石のあった空間を枕にしたなり、不相変静かに寝入っている!
0942名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 06:04:36.34ID:gz4R0DMw
もしこのまま手をつかねて倭軍の蹂躙に任せていたとすれば、美しい八道の山川も見る見る一望の焼野の原と変化するほかはなかったであろう。
0959名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 06:09:04.49ID:gz4R0DMw
しばらくの後、桂月香と彼女の兄とは酔い伏した行長を後にしたまま、そっとどこかへ姿を隠した。
0963名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 06:10:07.85ID:gz4R0DMw
誰でも帳中に入ろうとすれば、帳をめぐった宝鈴はたちまちけたたましい響と共に、行長の眠を破ってしまう。
0964名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 06:10:23.49ID:gz4R0DMw
ただ行長は桂月香のこの宝鈴も鳴らないように、いつのまにか鈴の穴へ綿をつめたのを知らなかったのである。
0970名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 06:11:57.64ID:gz4R0DMw
すると行長の宝剣はおのずから鞘を離れるが早いか、ちょうど翼の生えたように金将軍の方へ飛びかかって来た。
0972名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 06:12:29.06ID:gz4R0DMw
宝剣は唾にまみれると同時に、たちまち神通力を失ったのか、ばたりと床の上へ落ちてしまった。
0975名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 06:13:16.30ID:gz4R0DMw
この不思議を見た桂月香は裳の中へ手をやるや否や、行長の首の斬り口へ幾掴みも灰を投げつけた。
0977名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 06:13:47.80ID:gz4R0DMw
けれども首のない行長の体は手さぐりに宝剣を拾ったと思うと、金将軍へそれを投げ打ちにした。
0986名無しさん@120分待ち垢版2018/04/21(土) 06:16:09.15ID:gz4R0DMw
こう考えた金将軍は三十年前の清正のように、桂月香親子を殺すよりほかに仕かたはないと覚悟した。
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