私は、ある日森に迷い込んでしまった。

数年前、私は記憶を失ってこの森で倒れていた所を親切な男性に助けられた。
殆どの記憶を失い不安だった私を彼は慰め、行く所が無いならばと家に置いてくれた。
彼には本当に感謝している。今では私の大切な家族だ。
しかしいつまでも彼に迷惑を掛けてはいられない。
少しでも記憶を取り戻す手がかりにならないかと、再びこの森に足を向けたのだが……。

夜になりお腹も減ってきた。そろそろ帰らないと彼も心配するだろう。
とにかく一度彼に連絡しなければ。そう思い彼から貰った携帯電話を取り出した時、一軒のお店を見つけた。

「ここはとあるレストラン」

変な名前の店だ。しかし空腹には勝てない。私は、携帯をポケットに仕舞うと店内に足を踏み入れた。
連絡は飯を食べた後にしよう。もしかしたら帰り道が判るかもしれないし。

私は人気メニューという「ナポリタン」を注文する。
数分後、ナポリタンがくる。私は食べる。
……なんか変だ。しょっぱい。変にしょっぱい。頭が痛い。
私は苦情を言った。
店長:「すいません作り直します。御代も結構です。」
店長は眉を寄せ、皿を下げる。
数分後、ナポリタンがくる。私は食べる。今度は平気みたいだ。
私は店をでる。
しばらくして、私は気づいてしまった……
ここはとあるレストラン……
人気メニューは……ナポリタン……
あの店長は……俺は……そうだ、

「…初めて作ってくれたナポリタンは酷い味だったなぁ」

思い出した。私は数年前までここで暮らしていたのだ。
恋人と小さなレストランを開いて、穏やかで幸福な日々。
あの日街に買出しに行くと家を出たきり消息を絶った私を、君はずっと待っていてくれたんだね。

私は流れる涙を拭う事もせず、振り向き歩き出した。
そしてもう一度、あの店のドアに手を掛けたその時、ポケットの携帯が着信を告げた。