>>541
中学の授業で先生が話してくれたことだからあまり覚えてないけど、思い出しながら・・・。
・元々弾丸列車計画(東京から下関まで最高160 km/hで9時間で結ぶ計画)から戦争で中断。
・64年、東京オリンピックに合わせて東京大阪を4時間で結ぶ東海道新幹線が戦後復興の象徴としてできた。
・72年、東京大阪愛知に次ぐ元々の大都市だった兵庫にもつなぐため岡山まで延伸される。
・本来なら東京が起点の新幹線なので東京から北の方面に伸ばして良さそうなのに、関東から東日本を後回しにして
88年、東京から大阪の区間のその間の路線、新富士駅・掛川駅・三河安城駅と共に新尾道駅・東広島駅が作られる。
・そうすると元々大都会だった所は人口は多いが、地方は人口が減っていくばかりの中新幹線があるところは減らずに増え、
特に広島は急速度に人口が増え発展をして他の地方とは真逆に人口がどんどん増えていく現象はすごかったという。
・原爆で壊滅的な状況だった広島が急発展を遂げて大都市になった様は奇跡で、それを見て長崎も新幹線が何としても欲しいといったのだそう。
・その後は全国各地に新幹線が作られることになったが、当時まだ東京大阪間しかない状況で次の着手を兵庫までは優先されるの
わかるとしても、当時特に何もない山陽を優先させたのはまだ昭和天皇とかいた時代だからそういう理由があると言う。

私は本当に授業で聞いた話だけど、信じるか信じないかはあなた次第!です
歴史はなかなか誰も教えてくれんからね〜