南出の議論というのは、先にも書いたように日本の憲法学ではレアな存在である連続説に対しては、
反論の体を為しているが、通説である法的断絶説の前では、反論と呼べるような類じゃないわけです。
そこに踏み込むには、法哲学といった哲学と法学との境界線上の学問に依拠するしかないが、
そもそも、南出にはそうした素養がないから、飽くまでも法学の内側でしかも物事を考えることができないですよ。

ほんとに考えてることが馬鹿です。