U君の体験である。
夕方の仕事帰り、商店街を歩いているとき何の気も別になかったのだが、ふと商店街の
脇の道に入ってしまった。すると、ちょっと見慣れないラーメン屋が目に付いた。「ちょっと
はいってみようか」という衝動にかれれてラーメン屋の扉を開けた。ラーメン屋としては少し
しゃれた内装で、人のよさそうな大将が一人で店を切り盛りしているようだった。
「うちは冷やし中華が売りなんですよ」という大将の言葉につられるようにU君は冷やし中華を
頼んだ。本当にうまい冷やし中華であったが、ほかに客が入ってくることもなくずっとU君一人
だったという。冷やし中華がうまく、一対一ということもあって大将といろいろと世間話をした。
ながらくある店で修行していたが、ようやくこんな店を持つことができた、この冷やし中華も師匠
譲りの味なんですよ、などと感慨深そうに言ったという。
その日満足して店を出たU君は、冷やし中華の味が忘れられずに翌日もそのラーメン屋にいこ
うと思ったが、きのうふと入った脇道がいくら探しても見つからなかったという。当然、このラーメン
屋もついぞ見つけられなかった。
もう何年もたった今でもこの商店街に来ると脇道を探してしまうというU君だが、「今度見つけたら
今度僕が二度とここに戻ってこれないのかもしれないね」と笑って言った。