幻想文学の金字塔
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今回、帯に「幻想文学の金字塔」と謳(うた)われた代表作『紫の雲』(一九〇一年)がようやく翻訳された、M・P・シールもそうしたイギリス科学小説家の一人である。
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彼は人間という存在に対して底知れぬ嫌悪感を抱いており、ロンドンをはじめとして、世界中の都市を次々と焼き払う。そして、「全世界は 私一人のために造られた」という認識の下に、破滅して自分だけが生き残った世界をユートピアの実現だととらえるのだ。
こうして、この小説の半分以上は、死体の山が積み上げられた世界の描写に費やされる。ここには紛れもなく、奔放な想像力といったおざなりの言葉ではすまされない、作者M・P・シールの誇大妄想狂的な側面が臆面もないかたちで露出している。

主人公は無人の王国に十六年間暮らした後、コンスタンチノープルで、もう一人の生存者である女性レダを発見する。
ここから『紫の雲』は、SF読者にはおなじみの「アダムとイヴ」物へと傾斜していくのだが、その展開も、
己を孤高の存在だと思いたい気持ちと、女性という他者が持つ抗(あらが)いがたい性的魅力が、作者の内心で拮抗(きっこう)していた表れだと読むことができるだろう。