少々脱線する。ここで推測される「当時の幻魔の正体」に、永井豪の「デビルマンレディー」(1997)を思い出す人もいるのではなかろうか。
ビースト(デーモン)が人間を襲う。人間のビースト化。それに対抗する力となるのがレディーだ。
物語は、その戦いがどちらに転ぼうとも、人間がビースト化することが明らかになる。
人間の前に現われるビーストを退けても、人間自身がビースト化する絶望。
まるで新幻魔大戦の言霊さまが永井豪に乗り移ったかとも思えるスゴイ展開であった。

「当時の幻魔の正体」は>>130のとおりだが、未筆に終わったことが惜しまれる。
頓挫して使われなかったネタが云々……というのは>107でも指摘したが、実は、当時の構想の名残りが、野性時代版17巻にさりげなく書かれている。
文庫p239「幻魔といえども人間だっていう気がするの」
文庫p240「そうなんです! 幻魔も元をただせば人間なんです」

新幻魔大戦で描くべきテーマが未筆に終わったことは、平井文学にとって痛手であったと思う。
「その結論が当時描かれること」に、意味があったと思うのだ。
GLAの影響下の時期にそのことに触れても、何かが伝わらないのではないか。
邪悪なる山風忠庵の行方は、人類の未来と少なからず重なるのである。物語としてそれを描くことに大きな意味があったはずなのだ……。