お芋だ、お芋だ、今夜はごちそう、とその夜だけはしゃぐ色つやのわるいやせこけた幼い弟妹たちの声と、
自分はいつも皮やらへたばかりこっそり食べて、お母さんはいいの、おなかいっぱい、おまえたちおあがり、と疲れた微笑を浮かべていた母親の、
青黒い、栄養失調の明らかな微候の見られる顔が、その夜だけいそいそとかがやくのを想像しながら、
往きよりどすんと重く肩にめりこむリュックに、歯を食いしばりながら夜道を歩き……。

おなかすいたよう……と末の子が、悲しげにいう声が頭の中でした。その声は、戦時中の弟妹たちの声と重なった。
……これっぽっち?……何か食べるもんないの?

「やめてくれ!」

 と、彼は闇の中で立ちどまり耳をおさえて叫んだ。――それでわれにかえり、思わずあたりを見まわしたが、全面節電で、常夜灯さえまばらな暗い街路に、人の姿はなかった。

――もう二度と、あの声は聞きたくない。あの悪夢のような時代、地獄のような世界から、長い長い道のりを歩きつづけ、ここ十年、二十年、やっとあのころの夢を見て、汗びっしょりで眼をさまさなくなり、忘れかけていたのに……
また、あれが始まるのか?
あのころのことを思い出すたびに、どんなことがあっても、おれの子供たちは、あんな目にあわせたくないと思っていたのに、今また……。

本当に、また「あれ」がはじまるのだろうか?――と彼は暗がりの中に凝然と立ちすくんで、ぼんやりと明るい、薄雲でおおわれた夜空のかなたを見上げた。