矢野さんの翻訳で育った世代からすると、氏は現在われわれが知っているSFというものの文体を作りあげてきた開拓者の一人だからね。
未開の土地を切り開いてきたそのパワーや、戦前の正字正仮名で育った厚い日本語力と比較すると、今の翻訳者は少々線が細くひ弱な感じがしてしまう。
あと自分の場合、最近の翻訳は説明的でちょっと頭に入ってこないところがある。(たとえば上より下の旧訳の方が自分には読みやすい)

 緑色のサイコロが一組、緑色のゲーム台の上を転がり、仲よく縁(へり)にぶつかって跳ね返った。一方は、白い目が三つずつ二列並んだ面を上にしてすぐに止まった。もう一つは台のなかほどまで転がっていき、一を出目(でめ)にして止まった。
 ネッド・ボーモントは「ううむ」と低くうなった。勝った者たちが金をかき寄せる。
 ハリー・スロスがサイコロを拾い集め、青白い毛むくじゃらの大きな手のなかでからからと鳴らした。「次は二十五だ」そう宣言して、二十ドル札と五ドル札を一枚ずつゲーム台に放る。
 「悪いが、きみたちで相手してやってくれないか。俺は燃料補給だ」ボーモントはそう言い置いて台を離れた。遊戯室を出ようとしたところで、ウォルター・イヴァンズと行き合った。「よう、ウォルト」そう声をかけただけでやり過ごそうとしたが、イヴァンズに肘のあたりをつかまれ、引き留められた。

 みどり色の台の上を、みどり色のさいころがコロコロところがり、台の縁(へり)にぶつかってはねかえった。さいころのひとつは、すぐとまって、白い点が同じ数ずつ二列に並ぶ六の目を出した。もうひとつは、台のまんなかまでころげて来て一の目を上にしてとまった。
 ネド・ボウモンは、低くうなった――「ううん!」――勝ったほうが、台の上の現金をすっかりさらいとった。
 ハリー・スロッスが、さいころをつまみ上げて、青白い毛むくじゃらの大きな手の中で、カラカラといわせた。「さあ、二十五ドルと行くぜ」台の上に、二十ドル紙幣と五ドル紙幣を落とした。
 ネド・ボウモンは、台からうしろに退(さが)った。「さあ諸君、やりたまえ。おれは、軍資金を補給して来るよ」ビリヤード室のドアまで行くとウォルター・イヴァンズの入って来るのに出会った。「よう、ウォルト」と、声だけかけて、そのままやり過ごそうとしたが、すれちがいざまに肘をつかまれ、前に立ちふさがれた。