血縁とか家族っていうのは縛り付けるための鎖ではなくお互いが握って完成する命綱
毒親の概念がわからない(わかりたくない)者はそこにある鎖で痛めつけられたことがないので命綱を勝手に離す不届き者扱いしたがる
せっかく親が用意してくれた特注の鎖を!あの鎖をあんな扱いするなんてきっと本人が悪い!陰湿!とね
毒親育ちは鎖で痛めつけられてきたからそれが人を縛るものだとしか思えない
命綱?そんなばかな、むしろ崖に吊るされて遊ばれてきた、だからああやって頑丈に作られているんだ、逃げないように、誤って犯罪にしないように
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命綱を大事に磨き上げながら大人になった非毒親育ちは自信を持っている
なぜならセーフティがあるから
鎖に刻まれた「辛かったり、喧嘩したこともあったけど」な傷を愛おしそうに撫でる
一方鎖を断ち切り視野を広げた毒親育ちはそれを見て初めて鎖の別の使い道を知り愕然とする
ところが向こうから見たら大事な家族の命綱を離したキ〇ガイ 石を投げ迫害する
「いつまでも親のせいにするな!早く元のポジションに戻れ!親が可哀想!」
ここで大切なのは、この家族は少し視野が足りないだけで自分たちなりの正義を述べているだけの点
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たまに鎖ごと移動する元気な家族がいる
そういう家庭で育った人間は自信に加え広い視野を持つ
いつもは命綱で安心感を得、たまに手を離して冒険するのだ
そこ育ちの人間はたまに、鎖を一切持ちたがらない人間に疑問を持ち理解しようと努める時がある
(こういう家族は往々にして余裕があり高い知能を持っている)
彼らの結論はこう
「命綱にもなるし、縛るときにも使える!鎖って奥が深いなあ」