当の、少なくともWW2のドイツ軍人がクラウゼヴィッツの真髄である「戦争は異なる手段による政治」を理解してたとは思えない。
 むしろ本来「君主の政策決定に対する専門的見地に基づく助言」としてプロイセン軍人に許されていた帷幄上奏権の根拠でもある軍人の「プロフェッショナリズム」を曲解し、
非軍事分野に対する盲目的無関心と、元首の常軌を逸した国家戦略上の要求に対する思考停止の結果が、
戦術的に奇襲には成功したもののその後のヴィジョンも兵站上の裏付けもないバルバロッサの破綻に繋がったと言える。