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畑俊六『巣鴨日記』全編小見山登編著日本人道主義教会1979

「まあ米内君も亡くなって十年も経ったことだし、自分もあと十年、二十年と生きられるわけではないので、裏ばなしを御披露するが、
但しこれから話すことは両君にことはっておくが、自分の目玉の黒いうちは伏せておいてもらひたい」
と、前置きして、大要次のやうな回想談を洩らした。

「実は閑院宮様のおっしやるには、支那事変の解決を早期にするためドイツを利用したい。
これは陸軍の大部分の考へでもあるやうだし、自分もまた同意見であるが、米内の姿勢は反対のやうである、
陸相としてこの際米内とよく相談をし、若し米内の協力を得られないやうであれば、
陸相を辞任してもらひたい。
さすれば後任問題で陸軍が応じなければ、米内も辞職をせざるを得まい。
米内を潰す以外に現状を打開の途はないと思はれる
畑、自分の意見に協力をしてほしい。と仰せられた。