もう一つYAHOO知恵袋の回答から転写


兵装転換自体が無かったという説は他回頭にあるように澤池さんの「蒼海よ眠れ」「記録ミッドウェー海戦」がありますが、
私はそれ自体は行っていたと思います(第一航空艦隊司令部からの命令電文が各戦闘詳報に残っているし、
米軍の敵軍諜報班の記録もあったはず)

但し、最初の兵装転換開始命令(現地時間7:15)から、利根4号機からの敵発見の報を受け、
空母の所在確認を指示した上で各艦に兵装転換を一時待つよう指示した7:45までは僅か30分。
しかもこの命令は第一航空戦隊の赤城、加賀だけに出され、第二航空戦隊の蒼龍、飛龍には出されていません。

たった30分では兵装転換も殆ど進んでおらず赤城で17機中6機、加賀で26機中9機が魚雷から爆弾に
兵装転換を済ましていたのみでした
蒼龍、飛龍に関してはこの時点では未だ武装自体をしておらず全機未装備状態だったとも言われています
(セイロン沖海戦での戦訓を踏まえて、どちらに転んでもいい様に未武装で待機するよう司令部が判断したためだそうです)

兵装転換が敗北の最大の要因といわれるのは昔の話で、最近ではこういった新たな情報から
兵装転換はそれほど敗因とは言えないと考えられます