>>423の続き

出典となる『歴史群像 太平洋戦史シリーズ(55)日米空母決戦ミッドウェー』
には、確かにそのように記述されていますが、

日本側の根拠としているのが、

「南雲長官はこの時期(友永隊収容中の0600頃)、
各空母に発艦作業終了時刻を確認し、
一航戦(赤城・加賀)は0730頃、
二航戦(蒼龍・飛龍)は0730〜0800の間に
完了予定と司令部に伝えている」(p139)