>>781の続き

しかし、その詳報が入るまでの南雲長官は、

1610時に
「敵巡洋艦ハ、ケント型ナリ、
第五航空戦隊ハ、艦攻及ビ艦爆約半数ヲ以テ、之ヲ攻撃セヨ」

発進予定の1700時に準備が間に合った機体、
半数だけでも出そうという心積もりだったのです。